百歩譲っても自分より圧倒的に綺麗だと思う。
「萌子お嬢様のお美しさは、単に磨かれてるからです」と、フミは苦笑する。
「それで伽夜様。話は戻りますが、萌子お嬢様になにか言われたのですか?」
「あ……。それは、いいのよ」
「よくありません」
 フミが心から心配しているのがわかるだけに、どう答えていいのかわからなかった。
「もしかして、伽夜様のお母様や、額の痣と関係がありますか?」
「どうして、そう思うの?」
 聞き返しながら、なにもかも知っているフミに隠すのは難しいと思った。なにも知らないキクヱをごまかすようなわけにはいかない。
「萌子お嬢様はよく――そのことを」
 具体的には言いずらいのだろう。フミは言葉を濁す。
 萌子は伽夜を『素性のわからない卑しい娘』『不気味な痣』と言って罵倒していた。
 場所を選ばず、使用人がいてもお構いなしに言っていたから、フミも幾度となく聞いていたのだろう。
「フミ。誰にも言わないでくれる?」
 伽夜の目を見つめたまま、しっかりとフミがうなずく。
「もちろんです」

「私は鬼の娘かもしれないの。高遠家に迷惑をかけるかもしれない」
 それもただの鬼じゃないの、と心で言った。
 たとえフミでも、父が鬼の首長といわれる酒呑童子だとは、怖くて言えない。
「伽夜様。でも、涼月様はきっと――」
 伽夜はかぶりを振る。
「涼月様は鬼を退治する側の人よ。この前の怪我のときも、鬼を退治したの。玉森は九尾の狐の子孫よ。高遠家の嫁は狐と鬼の血が流れているかもしれないなんて、涼月様が許してくれても、世間は許してくれないわ」
「そんな……。でも伽夜様は人です。お優しい人間の女性ですよ?」
 涙を浮かべるフミの手を取った。
「大丈夫よフミ。私は一年後に離縁して、このお屋敷を出ようと思っているの。実はね、涼月様とは最初からそういう約束なの」
 一年間精一杯お勤めを果たし、静かに消える。そして――。
「でも、伽夜様の父上様の件はわからないのですよね?」
「そうよ。まだわからない。だからまずは真実を突き止めたいの」
 と言ってもまだ手がかりはなにもないが。
 フミは伽夜がこの屋敷から出て行くときはついていくと言う。
 伽夜はかぶりを振る。気持ちはとてもうれしいが、探そうとしているのは鬼の首長、酒呑童子なのだ。命の保証もないのに、フミを連れて行くわけにはいかない。
「心配いらないわ。それに私、この家を出てひとりになったときが本当に自由を手に入れたときだと思っているの」
「自由?」
「そうよ。華族でもなんでもない、普通の庶民として生きていきたいの」
 強がりではなく、それも本心だった。
「そんな……。ご主人様は伽夜様をとても大切にしてくださいますのに」
 フミは残念そうに肩を落とす。

 実際、涼月は伽夜にとても優しい。
『伽夜、なにか困っていない?』
『ほしいものはない?』
 頻繁にそう聞いてくる。
 なにもないし十分満足していると答えているが、伽夜が今、本当にほしいものがあるとしたら自由だった。
 この屋敷を出て、父と母の思い出の家を探しに行きたい。
 そして酒呑童子に会い、父かどうか確かめる。父が悪い鬼なら、父の近くにいて悪い行いを止めなきゃいけない。
 ただ――。
 本当は涼月の傍を離れたくないという葛藤がせめぎ合う。
(涼月様が好き)
 多分この気持ちが恋なのだと思う。
 とっても素敵な上に優しいんだもの、好きにならないほうがおかしいわと自分に言い訳をする。
 でも、涼月には付喪神が言う想い人がいる。鬼の娘など彼には相応しくない。
 自分の居場所はこの屋敷ではないのだ。
 わかっているのに、彼を想ってしまう熱い気持ちが、伽夜は怖かった。
 まるでなにかに囚われているみたいに、心が窮屈で苦しくて、朝も晩も、涼月のことばかりを考えてしまう。
 本当に求めている自由は、庶民になりたい自由じゃない。
 彼をこんなふうに恋焦がれないでいい自由な心。
(恋なんてしちゃいけないのに……)

 鬼の娘である自分が恋なんて許されるはずがないのだから。