いったんフミと別れ、二階の自分の部屋に向かうと、ぽつりと本音が漏れた。
「私、大丈夫かしら……」

 今更ながら思う。お付きの女中どころか、嫁入り道具もない自分を、涼月やこの家の人々はどう思ったか。
 よく追い出されなかったものだ。
 そればかりかなにも言わずに優しく受け入れてくれて、こうしてフミを雇ってくれた。
(涼月様、皆様、ありがとうございます)
 伽夜の目には涙が滲む。

『我が一族の異能は天狗だ』
 邪気を祓う、彼は天狗の血を引いていた。
 玉森は九尾の狐。それだけならまだしも――。
(私は、鬼の子かもしれないから)
 鬼は邪気そのものである。
 この屋敷に、長くいられたらいいのに、そういうわけにはいかない。やはり、高遠家にはいてはいけない存在なのだ。
 わずかに涙が溢れ、伽夜は慌てて目もとを拭う。
 フミが二階に上がってくる足音がする。

 着替えは着物だった。
 昼の薄い色とは違い、はっきりとした赤い地に大柄の花。黄色や緑も入り鮮やかな着物である。
「とても素敵ですよ、伽夜さま」
 聞けば、伽夜が知らないうちに、涼月が反物をたくさん買ってきたという。
 呉服屋が来て伽夜が選んだ分だけでも多すぎると思っていたのに。
「まだまだたくさん反物がありますよ。もう仕立てるのも楽しみで」
 フミがうれしそうに声を弾ませる。
「そんなに着る機会がないんじゃないかしら」
「季節は移ろうんですもの、お出かけするようになれば足りなくなりますよ」
 そんなものなのだろうかと、戸惑う伽夜の化粧をフミが直す。
 赤い着物に合わせて、はっきりとした紅を引く。
 鏡を見た伽夜は、目を丸くして華やかになった自分に頬を染めた。
「まあ、やっぱり思った通りです。伽夜様は赤い紅もよくお似合いになる」
 フミは目を輝かせるが、伽夜は戸惑いを隠せない。
「あの……、派手すぎやしない?」
「いいえ。なにしろご主人様がお選びになったお着物ですもの。今の流行りの柄はこのようにはっきりとしているものが多いのですよ」
 そういえば萌子はこういう着物を着ていたが、伽夜には流行りの物など考える余裕はなかった。どこか綻んでいないか、汚れていないかろ、そんなことばかりを気にしていたから。