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伽夜は鬼の娘なのか?
涼月は新聞に目を落としたまま考えていた。
(まだ、確定はできないが……)
華族に限らず、異能を持つ人々は実は少なくない。
ほとんどは弱い能力のため、本人も気づかずにいたりする。
強力な力を持つ者が華族に限られているのは、意識的に異能を持つ者同士の婚姻をしてきたからで、どの一族がどんな異能を持ち、どのような由来があるのか、涼月は高遠家の伝承から把握している。
酒呑童子の瓢箪――。
鬼の子孫と伝えられている一族はいくつかあるが、酒呑童子はいないはず。
もし伽夜が酒呑童子の娘なら、伽夜が初めてではないだろうか。
そんなことを考えつつ斜向かいの椅子を見れば、腰を沈めた伽夜は、前髪上げて額を大きく出している。
その額に赤い花は見えない。
意図せず消してしまったが、それでよかったと思う。
形が梅の花そのもので美しいゆえ、あのままでは人々の興味をそそる。本人も気にしていたし、異能を疑われ白い目で見られるのはかわいそうだ。
文金高島田だった髪も結い直していて、丸い額に洋装もよく似合っている。
この十日で随分顔色もよくなった。
キクヱの話では細かった食も少しずつ変化してきているようだ。
御膳所の料理人も試行を重ねているらしく、午後のお茶と称して間食を出している。カスタードプリンやパンケーキなど、洋食の甘いものが好きらしく、今もコーヒー以外に菓子が出された。
エクレアというクリームを挟んだ洋菓子である。
涼月が先に食べないと伽夜は遠慮して手を伸ばさない。甘い菓子はあまり好きではないが、伽夜のためにと手を伸ばし、エクレアを口にした。
苦味のあるチョコレートが塗ってあるせいか、涼月の口にも合う。
「美味しいよ」
伽夜はにっこりとうれしそうな笑みを浮かべて、エクレアの乗る器を手に取る。サクッと音を立てながらフォークで切ったひと口を食べると瞳を輝かせた。
まだまだ子どもなのだ。
コーヒーを飲みながら、涼月は伽夜を見つめた。
酒呑童子は、美しいなりをしているという。
寵を競い合った女たちの嫉妬により鬼になったと言われているくらいだ。相当なんだろう。
玉森という名は、九尾の狐の化身、 玉藻前 (たまものまえ)からきている。
九尾の狐もまた美を誇ったあやかしだ。
花嫁衣装を身につけた今朝の伽夜の姿を、涼月は思い浮かべる。
白無垢が清純な伽夜を引き立てるように光り、胸を打たれる美しさだった。
舞踏会などで着飾った美人と誉高い女性も多く見ているが、今日の伽夜に並ぶほどの美貌の女性はいない。
美人と誉れ高い従姉妹の萌子も、着飾った伽夜の隣では霞むだろう。
まだ幼さが残る花開く前の蕾の美しさだが、伽夜は底知れない魅力を秘めている。
(酒呑童子に九尾の狐か……)
美しいというだけでは九尾の狐だけの血だけでもありえる。
瓢箪だけでは判断材料が少なすぎだ。酒呑童子と関わりがあるとはいえ、父とは限らない。伽夜の母、小夜子を気に入って世話をしていただけかもしれないし。
だがもし酒呑童子の娘なら、どれほどの力を秘めているのか。
付喪神と会話を交わすだけではないはず。
なにしろ酒呑童子は最強の鬼である。
過去に手掛かりがないか、蔵に眠っている古い書物を紐解き、じっくり調べる必要がありそうだ。