「火傷の痕もなにもなくて、驚いた?」
 涼月はクスッと笑う。
 彼は噂を知っているらしい。

「あの……。なぜ仮面を?」
 美しい顔を隠す必要性がわからない。これほどまでに美形ならば、おかしな噂など立たないだろうに。
 仮面のせいで、鬼のように冷たい男だとか、バケモノ呼ばわりするものまでいる。

「強い昼の陽射しが少し苦手なのもあるが、後ろ指をさされたり恐れられているほうが楽だから」
 澄ましてコーヒーを飲む涼月を、伽夜は唖然として見つめた。
(後ろ指をさされるほうが楽なんて……)
 そんな考え方もあるのかと、目から鱗が落ちたような気持ちだ。

「変装もしやすいし、君も仮面をつけてみたら?」
「私が仮面を?」
 目を丸くする伽夜を見て、涼月は楽しそうに笑う。
「冗談だ。君のその美しい顔は目の保養になる。隠すのはもったいない」
「それをいうなら涼月様こそ。私の半百倍も美しいです! 舞踏会で仮面を外したら令嬢たちの目は涼月様に釘付けですよ。令嬢だけじゃなくて――」
 ついつい必死に訴えてしまい。慌てて「すみません」と口を閉じた。

 涼月は「ありがとう」と笑う。
「だが、別に女性にモテたくもないからな」
 女性に興味がないという噂だけは本当のようだ。
 それにしても、こんなに綺麗で素敵な人が自分の夫だというのが、やっぱり信じられない。

 仮面を取って素顔を見せてくれたというのは、心を開いてくれた証拠なのだろうか。
(そのうち、心の距離もいくらか縮まるのかしら……)
 今はこうして一緒にいるが、ふたりの距離は近いとは言えない。
 朝食だけはふたりで取るが、彼は仕事にでかけてしまうし、外出しないときの彼は、敷地内にある入り口近くの別棟に籠ってしまう。
 別棟は家政を取り仕切る事務所のようなところで、高遠家は事業のほかに、不動産や田舎の農地を所有しているので管理もしなければならず、執事の黒木を中心に、書生や数人の男たちが働いている。
 涼月が家にいるときは、昼食や夕食も一緒に取るが、そんな機会が訪れたのは、この十日のうちに昼食が一度、夕食が一度だけである。

 寝室も別だ。
 伽夜の部屋は二階の南西。涼月の部屋は同じく二階だが東南の角。
 部屋の間には壁があるだけだが、それぞれにとても広く、居間と寝室に別れているので近くにいるという感覚はなかった。
 夫婦とは言っても形ばかりなのだから、今後もこのままなのだろう。
 あきらめにも似た気持ちを抱え、伽夜は甘いコーヒーを飲む。

 ふと顔を上げた涼月が「高遠家の話をしよう」と言った。