「はあ……」
 納得しきれないのか。
「そもそも、ほとんどの人々が、彼らの声は聞こえない」
「えっ?」
 ギョッとするところをみると、気づいていなかったのか。
「高遠家一族の者でも、付喪神の声を聞き、話ができるのは、ほんの数人。今の邸でそれができるのは俺だけだった。伽夜で二人目だな」
 純血種の人間は、付喪神の姿は見えたとしても、声は聞こえない。
 とはいえそのまま伝えたのでは、お前は人間ではないと言っているようなもの。いきなりそう説明はできないので、「人には言うなよ」と伝えた。
「物がしゃべりだすなどと言い出しては、気がふれたと思われるからな」
「わかりました……」
 怪訝そうな伽夜に、玉森家にはいなかったのかと聞くと、わからないと答えた。
「二階の私のお部屋にある屏風が言うには、私はなにかを忘れているようなのです。『忘れさせられていた』と」
 その話ならほかの付喪神から聞いている。
 伽夜は、なにかの力によって幼少期の記憶を封印されているというのだ。
 両親と生活していたときの記憶を。

「私の祖母は公家の出なので、玉森家にも平安の京の頃から受け継がれている箱や鏡もあるのですが、声は聞いていないです」
「まあ古い道具のすべてが付喪神になるわけではないからな」
 とは言ったものの、おそらく付喪神はいただろう。
 今の玉森家にはいないだけだ。

「あの……」
「ん?」
 伽夜は気遣わしげにうつむく。
「高遠様は、私の出生についてご存知ですか?」
 もじもじと不安そうな伽夜に、できるだけ優しく声をかける。

「公爵の姉上の娘だとは知っているが?」
 伽夜は目を丸くすると、安堵したような溜め息をついた。
「それがどうかしたのか?」
「ご存知ないから、お嫁にしてくださったのかと思いました」
 なるほどそんなふうに思っていたのかと、納得する。
 心が覗けない分、やはり会話は大切なのだなと、涼月はあらためて思った。

「それならむしろ、逆だ」
「逆?」
「こう言ってはなんだが、君の叔父一家は嫌いでね」
 目をぱちぱちと瞬かせた彼女には、言っている意味がわからないらしい。

「伽夜、俺はほかならぬ君で良かったと、心から思っている」
 今度こそ理解したのだろう。伽夜は真っ赤に頬を染めた。
「それから、高遠様じゃない。もう結婚したんだから」
 膝の上の伽夜の手に左手を重ねて握る。
「で、では。なんとお呼びすれば」
「うん、そうだな。涼月でいいんじゃないのか?」
 ふるふると左右に首を振った伽夜は「呼び捨てになんてできません」と言う。
「涼月様で」
「どうしても様をつけたいのか――」
 指を絡めて握り直す。
「旦那様? いや、それでは使用人と変わらない。〝あなた〟がいいな。さあ、言ってみて」
「え、でも……」
「伽夜。俺たちは夫婦なんだよ?」
 戸惑いながら「はい。――あなた」と小さく言う。
 真っ赤になった伽夜の耳に、口を寄せて囁いた。
「フミが心配なのはわかるが、今夜は初夜だ。忘れないで」

 一年とは言ったが、伽夜にはこの先ずっと高遠家にいてほしいと思っている。負担にならないよう口にはしないが。
「一年とはいえ、本当の夫婦に変わりはないよ?」
 耳もとで囁き、恥ずかしがる伽夜をからかっているうちに、フミの家に着いた。