ユウリは昨日、一冊の本を見つけていた。
小さな本棚の下段、つまり、天音の本が入った方にそれはあった。
薄い桃色のカバーの表には「天音」と書いてあった。
多分、天音の日記帳だ、とユウリはそれを見つけたときに思った。
その時、それを開いて読むこともできた。
しかしユウリはそれに、若干恐怖を感じた。
天音と一緒に居られるのはたかだが一週間程度で、天音の心の奥の誰にも伝えていないその想いまで触れて良いのか、深夜のユウリの頭ではよく考えることができなかった。
今のユウリは違った。その反対の考え方をしていた。
たかだが一週間の付き合いだ、触れれるところまで触れて、寄り添って、一番の〝願い〟を見つけてもらおう、という考えになっていた。
だから、天音の家に戻って、真っ先にその日記帳を手に取って読んだ。
信じられない程大きい、「恐怖」と「後悔」がユウリを襲った。






如月天音の父親はいわゆる、クズ、という奴らしい。
ろくに働きもせず、パチンコに行ったり、家で酒を飲んでいたり、如月家のお荷物だった。
しかし、天音の母は逃げることをしなかった。
あくまで「普通の家族」を演じていたらしい。
日記の日付から、この時天音はまだ中学生であったことがわかる。
まだ幼い天音もその「普通の家族」を演じようと必死だった、と書かれている。
天音の兄は小さいときに養子に出されたらしい。
天音は養子に出されて、母親の元を離れるより、母親の元に居たいという気持ちが強く、その如月家に残ったらしい。
「夢であってほしい」
天音の日記の一文にそう書かれていた。
天音の父親は次第に暴力をふるうようになっていった。
服から隠れるところに傷を負った、と書かれている。
そんな日々が続いた中学二年の春のある日。
「逃げよう、一緒に」
天音の母親は天音にそう言ったらしい。
遠く離れた、母親の実家に逃げることになった。
父親に黙って少しずつお金を貯めていった。
しかし、母親は逃げるより先に精神を病んでしまった。
ずっとずっとため込んでたものが限界を迎えたらしい。
母は精神病院に入院することになってしまった。
その間、天音は父親と二人暮らしとなった。
しかし、父親が家に戻ることは滅多になく、天音は家でずっと一人だった。
天音は毎日、母親の見舞いに行った。
天音の母親は自分が壊れても、まだ「普通」を演じていた。
だから天音は気づけなかった。
だから天音は母親の自殺を信じることが出来なかった。
病院の人も、天音の母親の自殺をとても驚いていた。
母親の死と同時に父親が新しいオンナをつくって出て行った。
「悪夢は最高で最低な形で終わりを告げました」
その日の日記はその一文だけで終わっていて、そのページだけ小さな円形のシミのようなものがついていた。
それから天音は、もう成人していた兄に引き取られ、今に至る。