如月天音。
高校一年生。バスで二十分ほどのところにある男女共学の高校に通っている。
美術部員らしいが、最近は活動していない。
年の離れた兄と二人暮らしをしているが、出張中らしく、一年ほど家を空けているそうだ。
両親はというと、母親は如月天音が中学二年生の時に自殺。
父親は母親の死後、新しい女をつくって出て行ったそうだ。
なかなか闇の深い家庭だな…とユウリはバスの一番奥の一番端っこの席で思っていた。
一番奥に限ったことではないがバスでは特に、一番端っこの席は途中下車するときに隣に人が座っていると、どうしてもその人の迷惑になるんじゃないか、と人間は考えてしまうらしい。
その点、『気持ちの宅配便』は楽だ。
人間と違って、体が透けてるし、ターゲット以外には認識されないようになってるし。
体が透けてるからと言って、死んだわけじゃないから幽霊でもない。
『気持ちの宅配便』は何にも分類されない、オレたちの固有名詞が『気持ちの宅配便』なのだ!
……こういうところが馬鹿って言われる原因なんだと自分でも思った。
そこは、ユウリたちのアパートに似た場所だった。
街から少し離れてひっそりした、あの感じ。
先輩が送ってくれた如月天音の家の住所はここであるはずだ。
ポストのところに平仮名で「きさらぎ」と書いてあった。
咳払いして、チャイムを押す。
「はい」
と、短く年頃の女にしては少し低めな、ハスキーボイス、というやつだろうか、そんなような声がした。
ドアからヒョコッとでたその顔は先輩が送ってくれた写真と少し違っていた。
写真の如月天音は腰ぐらいまであるロングヘアであったのに対し、今そこにいる如月天音の髪は顎ぐらいまでの長さになっている。
何かあったのだろうか。
反対に、艶やかな黒髪と無気力に見える顔つきは写真と変わっていなかった。
「こんにちはー、『気持ちの宅配便』でーす。何かお届けするものはございませんか?」
『気持ちの宅配便』のお決まりのセリフである。
特に意味はないが、オレがまだこの世に存在してなかったウン十年前からこの言葉が使われているらしい、と先輩が教えてくれた。
「…?」
「とりあえず、お邪魔しまーす!」
この行為はユウリの十八番だった。
「とりあえず家に入れ、話はそれからだ」
その言葉のあと、先輩は続けた。
「俺達は見えるけど触れられないからな」
先輩はユウリにそう教えた。
ちなみに、ユウリの先輩の先輩もこんな感じだったらしい。
多分、先輩の先輩もこんな感じで、オレも後輩ができたらこう教えると思う。
だから、あのアパートの角部屋の『気持ちの宅配便』はずっとこんなバカみたいなやり方で仕事をしていくんだと思う。
オレはこのやり方を気に入っているけど。
「不法侵入ですよ」
天音の声は怒っているように聞こえなかった。
このやり方をしたとき、だいたいのターゲットは怒る。
それはそうである、とユウリも分かっているが、仕事なので仕方ないと思っているところもある。
けど、今回はそれを気にする余裕がなかった。
部屋に入ってまず、質素な部屋だ、と思った。
失礼だということは分かっている。
しかし、年頃の女子高生はもっとキラキラしたキュルリ~ンって感じの部屋じゃないのか?
オレの知識が浅いだけなのか?
『気持ちの宅配便』はターゲットの情報収集を怠らない。
それが、ターゲットの〝願い〟に繋がることも少なからずあるからだ。
しかし、ユウリはこんなことで平静を崩すことはない。
もう何年も『気持ちの宅配便』をやっているからだ。
色々な現場に行って、もっと悲惨な場面に遭遇したこともある。
自然な間を置いて、天音にこう返した。
「『気持ちの宅配便』だから不法侵入にはならねーんだよ」
明るく、元気良く、答える。
明るいキャラは楽だ。
何かあっても、テキトーに明るくしとけば、誰にも心配されない、迷惑をかけない。
遠い昔にそう、先輩に教わった。
その時の仕事で先輩は禁忌を犯していた。
そのせいで先輩は、右頬に大きな傷を負っている。
もう、一生消えることのない傷。
誰が見ても禁忌を犯してしまったことが分かるような傷。
「『気持ちの宅配便』って何?」
「よくぞ聞いてくれました!」
先輩の実体験を交えた教えを胸に、ユウリは『気持ちの宅配便』について語りだした。
高校一年生。バスで二十分ほどのところにある男女共学の高校に通っている。
美術部員らしいが、最近は活動していない。
年の離れた兄と二人暮らしをしているが、出張中らしく、一年ほど家を空けているそうだ。
両親はというと、母親は如月天音が中学二年生の時に自殺。
父親は母親の死後、新しい女をつくって出て行ったそうだ。
なかなか闇の深い家庭だな…とユウリはバスの一番奥の一番端っこの席で思っていた。
一番奥に限ったことではないがバスでは特に、一番端っこの席は途中下車するときに隣に人が座っていると、どうしてもその人の迷惑になるんじゃないか、と人間は考えてしまうらしい。
その点、『気持ちの宅配便』は楽だ。
人間と違って、体が透けてるし、ターゲット以外には認識されないようになってるし。
体が透けてるからと言って、死んだわけじゃないから幽霊でもない。
『気持ちの宅配便』は何にも分類されない、オレたちの固有名詞が『気持ちの宅配便』なのだ!
……こういうところが馬鹿って言われる原因なんだと自分でも思った。
そこは、ユウリたちのアパートに似た場所だった。
街から少し離れてひっそりした、あの感じ。
先輩が送ってくれた如月天音の家の住所はここであるはずだ。
ポストのところに平仮名で「きさらぎ」と書いてあった。
咳払いして、チャイムを押す。
「はい」
と、短く年頃の女にしては少し低めな、ハスキーボイス、というやつだろうか、そんなような声がした。
ドアからヒョコッとでたその顔は先輩が送ってくれた写真と少し違っていた。
写真の如月天音は腰ぐらいまであるロングヘアであったのに対し、今そこにいる如月天音の髪は顎ぐらいまでの長さになっている。
何かあったのだろうか。
反対に、艶やかな黒髪と無気力に見える顔つきは写真と変わっていなかった。
「こんにちはー、『気持ちの宅配便』でーす。何かお届けするものはございませんか?」
『気持ちの宅配便』のお決まりのセリフである。
特に意味はないが、オレがまだこの世に存在してなかったウン十年前からこの言葉が使われているらしい、と先輩が教えてくれた。
「…?」
「とりあえず、お邪魔しまーす!」
この行為はユウリの十八番だった。
「とりあえず家に入れ、話はそれからだ」
その言葉のあと、先輩は続けた。
「俺達は見えるけど触れられないからな」
先輩はユウリにそう教えた。
ちなみに、ユウリの先輩の先輩もこんな感じだったらしい。
多分、先輩の先輩もこんな感じで、オレも後輩ができたらこう教えると思う。
だから、あのアパートの角部屋の『気持ちの宅配便』はずっとこんなバカみたいなやり方で仕事をしていくんだと思う。
オレはこのやり方を気に入っているけど。
「不法侵入ですよ」
天音の声は怒っているように聞こえなかった。
このやり方をしたとき、だいたいのターゲットは怒る。
それはそうである、とユウリも分かっているが、仕事なので仕方ないと思っているところもある。
けど、今回はそれを気にする余裕がなかった。
部屋に入ってまず、質素な部屋だ、と思った。
失礼だということは分かっている。
しかし、年頃の女子高生はもっとキラキラしたキュルリ~ンって感じの部屋じゃないのか?
オレの知識が浅いだけなのか?
『気持ちの宅配便』はターゲットの情報収集を怠らない。
それが、ターゲットの〝願い〟に繋がることも少なからずあるからだ。
しかし、ユウリはこんなことで平静を崩すことはない。
もう何年も『気持ちの宅配便』をやっているからだ。
色々な現場に行って、もっと悲惨な場面に遭遇したこともある。
自然な間を置いて、天音にこう返した。
「『気持ちの宅配便』だから不法侵入にはならねーんだよ」
明るく、元気良く、答える。
明るいキャラは楽だ。
何かあっても、テキトーに明るくしとけば、誰にも心配されない、迷惑をかけない。
遠い昔にそう、先輩に教わった。
その時の仕事で先輩は禁忌を犯していた。
そのせいで先輩は、右頬に大きな傷を負っている。
もう、一生消えることのない傷。
誰が見ても禁忌を犯してしまったことが分かるような傷。
「『気持ちの宅配便』って何?」
「よくぞ聞いてくれました!」
先輩の実体験を交えた教えを胸に、ユウリは『気持ちの宅配便』について語りだした。