「最後に聞いておきたいんだけどさ」
「何?」
「苗字で呼んじゃいけない理由って何?」
「…あのお父さんと同じなのがすごい嫌だったから」
「そうか」
「私に友達ができない理由もそれ。新学期の自己紹介で、苗字で呼ばないでください、って言っちゃったから」
「けど、あの子。高梨さん…だっけ。ちゃんと、天音ちゃん、って呼んでたぞ」
ユウリの言葉に天音は嬉しそうな表情をした。
「じゃあ、オレ行くな」
ユウリは窓の縁に手を掛けた。
そこから降りるつもりだ。
「あのさ」
「ん?」
「ずっと、名前で呼んでくれたの、嬉しかった」
「おう。友達出来たらそんな感じが良いぞ~」
「ありがとう、えっと…」
「あぁ、ユウリ。オレの名前ね」
「ありがとう、ユウリ」
初めて見た、清々しいほどの天音の笑顔だった。





「ただいまー」
学校を後にして、真っ先に向かったのは自分の部屋だった。
つまり、先輩に会いに行った。
「…生きてる?」
「そりゃ、生きてますよ。先輩にあんな言われ方したらね」
「良かったよ、起爆剤みたいな感じになって」
「起爆剤って…オレ死んじゃうじゃないですか」
「ユウリならしぶとく生き残るだろ。で、どうやって解決したの?」
「ユウリスペシャルプレゼンツ☆」
「ほーん、そのまま報告書に書くからな」
「やめてやめてやめて」
「コンビニでどら焼き買ってきてくれたら書かないでやってもいい」
「…うい」
「その間に、書けるところは書いといてやるから」
「神ですか?」
「そうです、私が神でした」
先輩といつものように笑い合う。
天音にもいつかこんな「日常」が訪れることを願っている。
ひとまず、天音の〝願い〟を届けなければいけない。
玄関で靴を履き替え、ドアノブに手を掛ける。
「あ、先輩。天音の苗字『きさらぎ』って読むんすよ!」
それだけ言って、ユウリは走り出した。
「頑張れよ、天音」
ユウリは走りながらそんなことを思っていた。
ユウリは今、わくわくでいっぱいだった。
それは、きっと天音も。
そんな天音が、新しい「日常」にこんにちはをするのは、あと少しである。