“天音さんが一人になる時間は、木曜日の放課後。らしいぞ。”
昨日、神社で先輩に頼んだ調べ事は、その日の空が橙色に染まるころ、先輩が教えてくれた。
そして、今日はその“木曜日の放課後”である。
教室でたった一人になった天音は、朝と同じ様に本を読んでいた。
「なぁ天音…」
ユウリが教室の窓の縁に座って、口を開いた。
「これはオレの独り言なんだけどさ─」
ユウリと先輩の作戦が始まった。
「この少ない時間で見た、天音さんの良いところを順番に話していけば<あっ、この人、こんなところまで見てくれてるんだ…>って少しぐらい、協力してくれるように
なるんじゃねーの?」
それが、先輩の思いついた案だった。
「先輩…それはさすがに…」
「やっぱ無理か?」
「たぶん」
「そうか…どうすっかなぁ」
先輩と二人、うーんと考えた。
「けど、そんな感じでやってみます」
ユウリは明確な答えが思いついていないのにも関わらず、先輩にそう言った。
「おう、頑張れよ」
「じゃあ、先輩。さっき言ったアレ、お願いしますね!」
「任せとけ、専門分野だからな」
なるべく早くで!、と言ってユウリが走り出そうとすると先輩に呼び止められた。
「納得いくまでやってみろよ、あと、死ぬな」
それだけ言って、先輩はニコッと笑った。
ユウリも振り返って、はい!と、笑顔で返した。
「オレさ、この仕事が終わったら消えちゃうんだよね」
もしかしたら、天音の心には届かないかもしれない。
しかし、ユウリは諦めない。
「オレが悪いんだけどさ。オレが天音の“消えたい”っていう〝願い〟を誰かに届けたら良いだけの話なんだ。けどオレは、天音のその〝願い〟を届けたくないし、強引に
〝願い〟を聞き出す方法もあるけど、それは使いたくない。だから、このまま天音の〝願い〟が他に見つからなかったら、オレは誰にも届けないことにしたんだ」
そう言って、ユウリは右手の小指の爪を見た。
爪は、ほんのりと青色に染まってきていた。
「天音に死んでほしくない。天音の〝願い〟を届けると、きっと天音が死ぬ。それを選ばなかったら、オレが死ぬ。そりゃあ、天音が“消えたい”以外の願いを見つけて天音もオレも、ハッピーエンドで終わるのが理想だけど。どちらかが死ぬってなればその時はオレが消える」
天音のページをめくる手が止まっている。
オレのでっかい独り言を聞いてくれているのかもしれない。
「だから、もし天音が違う〝願い〟を見つけたら、すぐオレに言ってくれ。オレもできれば消えたくないからな」
ユウリは笑った。
笑うというより、無理やり口角を上げるって言った方が正しいだろう。
すぐそこに迫る、「死」というやつにユウリはキャラを保てなくなりそうになるほど恐れていた。
「なんで」
天音がこちらを向いて口を開いた。
「なんで私を死なせてくれないの?」
「うーん…天音が本当に消えたいって思ってないから?」
「…は?」
「どこかで消えたくないって思ってるんじゃない?」
かまをかけてみた。
天音は黙り込んでしまった。
今日は調子が良いかもしれない。
ユウリは続ける。
「あの日記を見てしまったことは本当に悪いと思ってる。けど、天音を必要としている奴だっているんだ」
「…誰?」
「あの、小柄の水色のピン付けてる奴」
「高梨さん…?」
「オレは分かんねぇや」
「どうして」
「さぁな。でも、天音が朝掃除をしている時にいっつも教室の外に居るぞ。恥ずかしがり屋なのか、声を掛けるのは苦手らしいけどな」
「でも、私は」
「オレも、天音のことすごいと思ってる。だって、朝早く誰もいない学校に行って掃除とか誰にでも出来ることじゃないんだぜ」
天音はまた、黙り込んだ。
「どうだ?これでもまだ“消えたい”って思うか?」
「……私は…」
ユウリは天音の次の言葉を静かに待った。
「独りが嫌だ」
母親も父親も兄も天音の元から離れてしまった。
天音はずっと一人だった。
何があったかは分からないが、友達も居ない。
人とコミュニケーションを取らない。
そんな天音が絞り出すように言った言葉がそれだった。
「それが〝願い〟か?」
天音は黙って頷いた。
ユウリはニッと笑って、すぐ近くの机の上に立った。
「その〝願い〟。『気持ちの宅配便』が責任を持ってお届けしましょう」
ユウリの制服の刺繍の部分が金色に輝いた。
昨日、神社で先輩に頼んだ調べ事は、その日の空が橙色に染まるころ、先輩が教えてくれた。
そして、今日はその“木曜日の放課後”である。
教室でたった一人になった天音は、朝と同じ様に本を読んでいた。
「なぁ天音…」
ユウリが教室の窓の縁に座って、口を開いた。
「これはオレの独り言なんだけどさ─」
ユウリと先輩の作戦が始まった。
「この少ない時間で見た、天音さんの良いところを順番に話していけば<あっ、この人、こんなところまで見てくれてるんだ…>って少しぐらい、協力してくれるように
なるんじゃねーの?」
それが、先輩の思いついた案だった。
「先輩…それはさすがに…」
「やっぱ無理か?」
「たぶん」
「そうか…どうすっかなぁ」
先輩と二人、うーんと考えた。
「けど、そんな感じでやってみます」
ユウリは明確な答えが思いついていないのにも関わらず、先輩にそう言った。
「おう、頑張れよ」
「じゃあ、先輩。さっき言ったアレ、お願いしますね!」
「任せとけ、専門分野だからな」
なるべく早くで!、と言ってユウリが走り出そうとすると先輩に呼び止められた。
「納得いくまでやってみろよ、あと、死ぬな」
それだけ言って、先輩はニコッと笑った。
ユウリも振り返って、はい!と、笑顔で返した。
「オレさ、この仕事が終わったら消えちゃうんだよね」
もしかしたら、天音の心には届かないかもしれない。
しかし、ユウリは諦めない。
「オレが悪いんだけどさ。オレが天音の“消えたい”っていう〝願い〟を誰かに届けたら良いだけの話なんだ。けどオレは、天音のその〝願い〟を届けたくないし、強引に
〝願い〟を聞き出す方法もあるけど、それは使いたくない。だから、このまま天音の〝願い〟が他に見つからなかったら、オレは誰にも届けないことにしたんだ」
そう言って、ユウリは右手の小指の爪を見た。
爪は、ほんのりと青色に染まってきていた。
「天音に死んでほしくない。天音の〝願い〟を届けると、きっと天音が死ぬ。それを選ばなかったら、オレが死ぬ。そりゃあ、天音が“消えたい”以外の願いを見つけて天音もオレも、ハッピーエンドで終わるのが理想だけど。どちらかが死ぬってなればその時はオレが消える」
天音のページをめくる手が止まっている。
オレのでっかい独り言を聞いてくれているのかもしれない。
「だから、もし天音が違う〝願い〟を見つけたら、すぐオレに言ってくれ。オレもできれば消えたくないからな」
ユウリは笑った。
笑うというより、無理やり口角を上げるって言った方が正しいだろう。
すぐそこに迫る、「死」というやつにユウリはキャラを保てなくなりそうになるほど恐れていた。
「なんで」
天音がこちらを向いて口を開いた。
「なんで私を死なせてくれないの?」
「うーん…天音が本当に消えたいって思ってないから?」
「…は?」
「どこかで消えたくないって思ってるんじゃない?」
かまをかけてみた。
天音は黙り込んでしまった。
今日は調子が良いかもしれない。
ユウリは続ける。
「あの日記を見てしまったことは本当に悪いと思ってる。けど、天音を必要としている奴だっているんだ」
「…誰?」
「あの、小柄の水色のピン付けてる奴」
「高梨さん…?」
「オレは分かんねぇや」
「どうして」
「さぁな。でも、天音が朝掃除をしている時にいっつも教室の外に居るぞ。恥ずかしがり屋なのか、声を掛けるのは苦手らしいけどな」
「でも、私は」
「オレも、天音のことすごいと思ってる。だって、朝早く誰もいない学校に行って掃除とか誰にでも出来ることじゃないんだぜ」
天音はまた、黙り込んだ。
「どうだ?これでもまだ“消えたい”って思うか?」
「……私は…」
ユウリは天音の次の言葉を静かに待った。
「独りが嫌だ」
母親も父親も兄も天音の元から離れてしまった。
天音はずっと一人だった。
何があったかは分からないが、友達も居ない。
人とコミュニケーションを取らない。
そんな天音が絞り出すように言った言葉がそれだった。
「それが〝願い〟か?」
天音は黙って頷いた。
ユウリはニッと笑って、すぐ近くの机の上に立った。
「その〝願い〟。『気持ちの宅配便』が責任を持ってお届けしましょう」
ユウリの制服の刺繍の部分が金色に輝いた。