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『…めでたしめでたし。』
『お母さん、このお話めでたしじゃないよ!』
まだ首も据わって間もないような小さな少女が母親の顔を覗き込む。
『だって、この青い女の子はお兄ちゃんと仲直りできてないもん!』
少女は絵本の中の涙を流す少女を指さす。母親は静かに微笑んだ。
『────』

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────!?
何か思い出しそうな気がした。小さな頃の記憶。顔も思い出せない母親に小さな口で話す、本当にあるのかさえも曖昧な記憶。
「(夢…?)」
赤子はよく眠る、というがまさにその通り。どれだけ眠ってもまた次の眠りが襲ってくる。寝ても寝ても覚めない。
…というのも、今私は赤子になっているのだ。
「(まさか絵本の世界に転生って…漫画じゃないんだから。)」
〖幸せ者の妖精〗、私が幼い頃よく母に読み聞かせてもらった…という記憶がある絵本。あまり転生前のことは覚えていないがこの絵本のことだけは覚えている。
「(でもまさか、主人公じゃなくて酷い結末を迎えるフォーミュラに転生するなんて…)」

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魔法が存在する世界にある「サルビア帝国」という国では、皇族を初めとした魔力を持った者が貴族として国を治め魔法を使えない者は無能者として酷い差別を受ける魔法大国として君臨していた。
皇帝〖フォルティネ〗はサルビアの若き王として、6歳で上皇が病気で他界した直後から長い間ずっと膨大な魔力と権力で国を治めていた。貴族達は若きフォルティネを恐れ、崇拝しやがて国は宗教じみた差別国家へと乗り移りやがて上皇が治めていた国の在り方は全て跡形もなくなっていった。
そんな国の姿を見ていられないと立ち上がったのがフォルティネのたった1人の血の繋がりを持った妹〖フォーミュラ・セシル・ルスティカーナ・ディア・サルビア〗だった。彼女は、兄のフォルティネに唯一反論や対抗出来る存在として非フォルティネ派の希望の象徴だった。
貧困に苦しむ国の民、人々に耳を傾けやがて貴族以外の国の者全員がフォーミュラへ信仰を遂げていた。退位までもを迫られたフォルティネは突如宮に引き篭り姿を現さなくなる。やがて月日が経ち彼が国民の前に姿を現した時、悲劇が起こる。
謎の少女〖フェアリー・リリス・ルスティカーナ・ディア・サルビア〗の存在だった。彼女はたまたま宮へ‪迷い込んだ平民で魔力もない。そんな中フォルティネはフェアリーを次期皇位後継者として発表した。
フォーミュラ派の者達は即刻全員死刑判決を言い渡され、フォーミュラもフェアリーの戴冠式の直後処刑された。

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「(どこが子供向け絵本なんだか。)」
絵本にされたのはフェアリーが皇族入りを果たした後からの話で、作中ではフォーミュラは悪役令嬢として綴られている。それ以前のフォーミュラとフォルティネの話は外伝のおまけページに記載されていた。
「(でも、誰かの悲劇は誰かの喜劇なのよね。)」
酷い話だと当時思った記憶もあるが、フェアリーからして見ればただ幸せ話でしかないのも確かなのだ。

(コンコン)
「姫様、入りますよ。」
と使用人がドアをノックした。おそらく専属次女のルーアだろう。
「あぁーう」
どれだけ頭の中が大人でも体は赤子。首も据わっていなければ立ったり歩いたりなんてもってのほか。寝返りをうつか泣くかしか自ら発信できない。
「あーら姫様、まさかルーアが恋しくなってしまったなんてこと…はないか」
ルーアは小説の中にもよく登場する、フォーミュラを最後まで慕い潔白を証明し続けた唯一の存在。フォーミュラとフォルティネの亡き母親〖マリアナ〗の侍女でもあった彼女は死の直前マリアナからフォーミュラとフォルティネの後を任され作中でも2人をずっと陰で見守った。
だが最後はフォルティネへの反逆罪を言い渡され無惨に処刑されてしまう。
「(可哀想…こんなにいい人なのに。)」
その時、フォーミュラの頬を涙が伝う。
「ひ、姫様…!?あらあら、私の冗談がそんなにつまらなかったのかしら…!!」
どうして私がフォーミュラなんだろう。どうせならフェアリーがよかった。そうしたらこんな悲しいこと思わずに幸せに生きられたのに。
「大丈夫ですよ姫様~」
ポンポンと柔らかくキメ細やかな手で撫でられるが泣きやもうと思っても泣き止まない。
赤子は体が言うことを聞かないのか。
「騒がしい。」と酷く冷たい声が聞こえた。ルーアは小刻みに震えだし私を強く抱きしめる。

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「あぅ~」
あまりの冷たさに部屋中が凍りつき、先程まで暖かったルーアの手がどんどん冷たくなる。心做しか呼吸も早くなっている。
まだ目も悪く視界がぼやけてよく顔が見えない。ルーアに抱かれながら目を凝らすとそこに立っているのは部屋の中では勿体なさすぎるほどの豪勢な衣服を纏った小さな少年だった。
その時、ルーアが静かに口を開く。
「…陛…下……」
「(陛下…?)」
つまりこの人が私の兄、フォルティネ…?
「つまらぬ形相でこちらを見るな、醜女。それとも何か、私の顔に文句でもあるのか。」
「と、とんでもございません…!」
勢いよく私を抱いたまま膝まづき頭を下げる。私は身動きも取れぬままじっとしていることしか出来ない。
フォルティネが腰の剣を静かに抜きルーアへと突き立てる。
「望みとあらば今ここで処刑してやってもよいぞ?その醜い汚らしい赤子と一緒にな。」
「(わ、私のこと!?)」
ルーアはただか細い声で「申し訳ございません、お許しください」と頭を下げたまま。当の私はタオルにくるまれた体に抗うことなくただルーアを見つめることしか出来ない。「ふん」と鼻を鳴らしフォルティネは剣をしまった。躊躇いもなくルーアへ近づき、
「ならばその娘をこちらへ渡せ。父様と母様を殺したその重大な罪を犯した娘を今ここで処刑しよう。」
何を言ってるのこの人頭が馬鹿になっちゃったの?
ルーアは先程より強く私を抱きしめ首を横に振り続ける。

「…ふん、身の程知らずも大概にしろ。ならば仕方ない、ここで2人諸共処刑にしてくれる。」
鋭く光る剣が私とルーアの元へ降ってくる。ルーアは私を抱きしめたまま震え身構えた。
「(やめて……もうこれ以上はやめて!!!)」
そう強く願った時、私達は目が痛くなるほどの光に包まれた。