「じゃあ、俺にならなんでも言ってええよ」
 夜に紛れて、甘い囁きが鼓膜を突き抜けた。
「え……」
「なんでも聞くよ」
「……」
 ほとんど初対面で話せることなんてない。
 やっぱり言いたいことなんて言えない。思ったことがあっても、その場の空気とか、合わせてる方が楽だとか、いろいろ理由があって、結局言えない。
 自分の意見なんて押し殺していたほうが何倍もいい。
 誰も私の意見なんて興味ないんだから。
「俺もえなこちゃんにならなんでも話す。朝まで語り合おうか」
 ……なのに。
 どうして聞いてくれようとするんだろう。
 私のこと何も知らないのに、どうして私を受け入れるようなこと言えるんだろう。
 会ったばかりの人に、私のことを勘違いしてる人に、私の何を話せるというの。
「……話さないよ」
「じゃあ、話してくれるまでいつまでも待つ」
 光のない場所で、何かが私を照らしてくれているような気がする。
 別にやさしい言葉がかけてほしいじゃない。
 だけど、生きていくための何かがほしい。
 なんだろう、それ。
「えなこちゃんさ、ここで何見てたん?」
 歩行者用の信号機から音が鳴っていて、その音に混じって祈夜が聞いた。
 一瞬、視界に入り込んできたそれを見て、すかさず排除するように視線をずらした。
「分からない」
「そうなん? 待ち合わせ場所ここって言ってたから、なんか理由あるかと思ったけど」
「理由なんて」
 もしそうだったとしたら、私も知りたい。
 そのえなこちゃんって人が、どうしてここを指定したのか。
 いろんな場所がある中で、なんでここを選んだのか。
 ほんとうなら、私もえなこちゃんに会えていたんだろうか。
 この人が約束を破られていたら、ここに、いたのかもしれない。
 そしたら三人居合わせてたってこと?
 で、わたしはえなこちゃんとは勘違いされず、生み出されようとしている恋を間近で見ていた傍観者だったかもしれない。
 世の中は、かもしれない、で溢れてる。
「歩道橋の上って、結構いろいろ見えるもんやな」
「……うん」
「そんな高くないのにさ、ほら、あそこの電気屋の屋上だったら、もっといろいろ見えてたかもしれないけど」
 祈夜が指さして、私もそこを見た。