「お、えなこちゃん久しぶりだ」
 あの変な男に会ってから一週間。
 散歩はするけど、ここを避けていた。もうそろそろ大丈夫だろうと思っていたら、当たり前のように男がいて、歩道橋の上から名前を呼ばれた。
 無視しようとその場を通り過ぎようとしたら、「話そうよ」とさらに呼び止められる。
 なんで私なんかを構うのだろう。
 ずっと、えなこちゃん、と勘違いされてて不快だ。
 帰ればいいのに、立ち去ればいいのに、私は階段を昇っていた。
「来てくれた、ラッキー」
「……なんで」
「ん?」
 なんで、傷が増えてるの。
 前回とはまた別の傷が増えてて、それがあまりにも痛そうに青くなっていた。
 こんな傷、普通に暮らしてたらありえないのに。
「もしかして、俺に惚れちゃった感じ?」
「え」
「だよなぁ、俺って顔だけはいいって褒められるんだよ」
「……違います」
「恥ずかしがらんでもええよ。顔だけですって言われても、えなこちゃんのこと嫌いにならんから」
 はは、と笑う横顔が痛々しかった。
 思わず顔を顰めると、「そんな顔せんで」とまた笑う。
「……なんで、ここにいるんですか」
 この男には、「なんで」と思うことが多すぎる。
 傷も、ここにいることも、私に声をかけることも。
「待ってたんやん、えなこちゃんのこと」
「だから、私はえなこじゃないですって」
「メールではもっと可愛らしかったのになぁ。ツンツンや」
 本当に、誰と勘違いしてるんだろう。
 私だって、別にこの人と話してる場合でもないのに。
「えなこちゃん、全然ここ来なかったね」
「え……あれから毎日ここに来てたんですか」
「もちろん。途中だったから」
「途中?」
「この前、途中でえなこちゃん帰っちゃったから」
 解釈がおかしい。途中、ではなかった。
 人違いだし、そもそも会話は終わってたはずだ。
「ここにいたら、またえなこちゃんに会える気がしてさ」
「……今、何時だと思ってるの」
 つい、敬語が外れてしまった。
 そんな私のことを、この人は気にも留めずに、それはさ、と続けた。
「えなこちゃんも一緒でしょ」
「一緒って……」
「今、何時だと思ってるの」
 全く同じことを返されて、言葉が出てこなかった。
 私が出られる時間はこの時間だけで、真夜中だけで、みんなが寝静まってるときじゃないと出てこれなくて。