会話にならなくて、でもなんも考えてなさそうで、にこっと笑う顔に拍子抜けして。
 なんか、ばかそうだなって。たぶん、だれかにまんまと騙されてここ来たら、たまたま条件に合うような女子高生がいて気分が昂っちゃったんだろうな。
 かわいそうな人。私より、かわいそう。
 もし私がいなかったら、この人はショックを受けたんだろうか。
「とにかく、違うんで」
 ここから去ろう。
 足を踏み出して、一歩、また一歩と確実に階段へと歩いていく。
 思いっきり背中に視線を感じたけれど、一度も振り返ることはしなかった。
 目が合ったら気まずいし、変にこれ以上絡まれても困る。
 声をかけられたらどうしようかと思ったけれど、呼び止められることはなかった。
 喉に違和感があって、そっと触れる。
 そういえば、人と話したのは久しぶりだった。
 ちゃんと、声が出るんだ。
 そのことが何よりも驚いた。その場から少し離れて、ようやく歩道橋へと振り返ったけれど。
「……いない」
 さっきの人の姿はもう見えなかった。

 今が朝なのか夜なのかわからないようになったのは三か月前ぐらい。
 カーテンだけでは頼りなくて、台風のときにしか使わなかったシャッターを閉めるようになった。
 そうすると光がひとつも入ってこなくて、外からの声も聞こえにくくなった。
 安心したけど、同時に不安にもなった。
 寝ても覚めても部屋が暗いと、別の角度からストレスがやってくるようで、その場所から逃げ出したくなった。そのタイミングで夜、こっそりと散歩をするようになったけれど、今のところ誰かに咎められることはない。
 たかが一時間、二時間程度の外出。
 真夜中を狙って外出する私を、両親が気付いていないはずはないけれど、それでも何も言ってこないから、こんな生活ばかり続ける。
 昼間、部屋から出て来られない私を、お兄ちゃんはすごく鬱陶しそうにしているのが隣の部屋から伝わってくる。
 たまに友達と電話してる声が聞こえてくるけど、「引きこもりのせいで家の中が最悪」と笑って話していたことがショックだった。
 そんな風に思われているんだって事と、私って引きこもりなんだ、という認識を突きつけられたような気がして、より一層、昼間は誰とも会いたくなかった。
 たとえ家族でさえ、顔を合わせたくない。
 何を言われるか分からない。
 家の中にいたいわけではないけれど、家の中で隠れていることしか出来ない。
 そんな自分が情けなくて、申し訳ない。
「……今日も作ってくれてたんだ」
 家族が寝静まった夜、お茶を飲もうとしたら、今日もまたピンクのお弁当箱が入っていた。
 誰も手をつけないこれが、いつもどうなっているのか知らない。
 だから私も手をつけられない。
 でも、毎日中身が変わってることは知っている。
 もうこれを持って、あそこには行けないかもしれない。