その日も、学校に行こうとした。ラケットケースだって手にしてた。部活の用意も完璧だった。
 でも、玄関で靴を履いた瞬間、足が動かなくなった。その場でうずくまることしかできなくて。
 行かなきゃ、行かなきゃって何度も思うのに、涙しか出てこない。
「……それから、学校に行けなくなった。もう、三か月も経つのに」
 弱い自分があまりにも情けなかった。
 負けたくないって思ってたのに、それ以上に、怖いって思ってしまうことが悔しかった。
 一人でも戦いたかったのに、乃亜ちゃんがいなくなって、私だけ取り残されたみたいになって、誰も味方なんていなくて。
「……惨めだった、ずっと」
 毎日、消えたいと思っていた。でも、そう思うことも許されていないような気がしていた。
「ごめん、なんかペラペラとしゃべ──」
 ぺたり。触れて、貼られた何か。
 離れていく祈夜の手。
「見えるよ、俺には」
「……っ」
「心にある傷。見えてるし、思ってるよ」
 穏やかな眼差しに、目が離せなかった。
「特別だから、死なないでほしい」
 祈夜の手にある絆創膏を包んでいた紙。
 自分の頬に触れて、ツルツルとしたものの存在に、
「うっ……」
 涙が出た。
 見えてる、そう言われたからなのか。
 特別だからと、そう言われたからなのか。
 それとも向けられた言葉の全部なのか。
「だから、それは治療。傷は治すもんだから」
 そうだね、とも、うん、とも言えなかった。
 ただボロボロ泣いた。そうすることが許されている時間だった。
 限界で、歩いていけそうになかった。立ち止まって、もう限界だと言いたかった。
 そのことが、この絆創膏で認めてもらえたような気がした。

「あ、戻ってきた」
 しばらく泣いたあと、少し待っててほしいと祈夜に伝えて家に帰った。
 手にしたいものを取り出して、もう一度、歩道橋に戻った私を、祈夜は当たり前のように待っててくれた。
「あのさ」
 ぎゅっと手にしたそれを、祈夜の前に差し出す。