「それより、見えない傷のほうがもっと痛いでしょ」
 真っ直ぐ、私だけを見て言った。
「俺のはこうして見えるから心配してもらえる。どうしたのって聞いてもらえる。だけどさ、えなこちゃんは? 聞いてくれる人いた?」
 風が、さらりと肌を撫でた。この風はきっと祈夜の頬も撫でている。
「……それは」
「見えないとさ、誰もわかんないんだよ。与えた本人もわからない。それが一番きついじゃん」
 痛い。傷を受けたところが、見えないところが。
『は? どうでもいいんだよ』『人の彼氏奪った奴の味方なの?』『マジで存在が邪魔なんだから察しろよ』
 過去に向けられた刃が傷となり、どんどん肥大化していく。
「苦しいから、ここに来たんでしょ」
 もがいて、もがいて、もがいて。
 どうにかしたくて生きていた毎日が、ふともう限界だと思ってしまって。
 自分で抱えるしかなくて、抱えたくなくても抱えるしかなくて。
「だからせめて、俺には見せてよ。俺も見せるから」
 相談してね、と言われても相談できなかった。
 誰も信用できない。誰も本当の私のことなんて分からない。
 そう、思ってたのに。
「……あそこに通ってるの」
 暗闇の中、ぼんやりと見える校舎。どうしてもここに立つと見えてしまう建物。
「テニス部に入ってて……体験入部のときに仲良くなった女の子がいたの」
 乃亜ちゃん。活発で、可愛らしくて、ハキハキ喋るようなタイプで、私とは真逆だった。
 クラスは違ったけれど、お昼は一緒に食べるぐらい仲が良かった。
 あの頃は部活も学校も楽しかった。悩みは、テストの成績がよくなかったってことぐらいで、けれど部活ができればそれでよかった。
 だけど。
「そのうち、仲良かった子が部活の先輩から嫌われるようになっちゃって」
 理由は、とても理不尽なものだった。
 先輩の彼氏が、乃亜ちゃんに好意を向けだして、それを知って先輩が逆上した。
 たしかに男の子から人気はあったから、しょうがなかったと思う。でも、相手が悪かった。
「その子は何も悪くなかった。むしろ、部活を続けたいからって穏便に話を済ませようとしたのに、先輩の彼氏が変な噂を流し始めて」
『先輩なんかと別れて私と付き合ってください』と乃亜ちゃんが言ったことになっていた。