とても、死を選ぼうとしているようには見えなかった。
 ああ、でもそうか。
 そんなことを言ったら私も同じかもしれない。
 傍から見たら、死のうとしてるなんて思われなかったかもしれない。ここを通って行く人たちは、私がただ立っているだけに見えてかもしれない。
 けれど、祈夜は違った。
 同じ理由でここに来たから、だから分かってしまったんだ。
「否定はできない。もしかしたら、生きていくことの限界がまたくるかもしれない。そのときは、こっちが腫れてるかもな」
 目だけで、左頬を刺した祈夜は、決して痛がるような素振りを見せない。
「……聞いていい?」
「うん」
「それ、どうしたの?」
 傷だらけの頬は見ているだけで痛々しい。
 聞けなかったはずのそこに、触れてしまった。
「殴られた、兄貴に。すっげえ怖い人でさ、昔からなんかあると俺に当たるんだよ」
「え……」
 それが、まさか身内から与えられたものだとは思わず目を見開く。
「お兄さんに?」
「うん、親の前とか外では愛想がいいんだよ。優秀だし。だから、そこで我慢してるのを俺がサンドバッグ代わりになってるわけ」
「……なにそれ」
「同情してくれる? してして、俺、かわいそうなんだよ」
 かわいそう。すごく嫌な言葉。でも、私も祈夜に思ったことがあったっけ。
「同じ場所ばっか抉ってくんの。マジでサイコパス」
 ねえ、笑えないよ。全然笑えないよ。
「……親は知らないの?」
「知ってる」
 あっさりと、祈夜はうなずいた。
「知ってるけど、自分たちに被害はないから放っておかれてる。兄貴と違って俺は劣ってるから」
 そんなことがあっていいのだろうか。許されていいのだろうか。
「でもさ、俺はまだいいんだよ」
 祈夜の瞳が私を映し出す。
「まだこうやって傷が見えるから」
 頬なんて殴られたことがないから、想像でしか受け止められない。だけど、こんな風に笑っていられるだろうか。