祈夜は、ひとまず絆創膏を元の場所にぐしゃっとしまいながら「でも」と言った。
「でも、いつでもあるよ。いつでもここにあるから」
 まるで念押しするように、けれども押しつけがましさのないような声だった。
 どうして私にそれが必要だと思ったのだろう。
 そもそも、なんであんなにしわくちゃだったのだろう。
 聞きたいことは何も言えないまま、夜が終わる前に祈夜から離れた。

 ドンドンと扉を叩く音で目が覚めた。
 時間が分からない。意識が開く前に、「おい引きこもり!」とお兄ちゃんの怒鳴り声が聞こえて身体が固まったように動かなかった。
「お前いつまで部屋にいるつもりだよ!」
 なんでいきなり。今までは、こんなことなかったのに。
「ちょっと、朝からどうしたのよ」
 お母さんが階段を上がりながら慌てたようにお兄ちゃんを止めるのが聞こえる。
 それでもお兄ちゃんの怒りは続いていた。
「お前いい加減にしろよ! いつまでそんなの続ける気だ」
 早く終わりますように。お兄ちゃんがどこかに行きますように。
 それだけを小さくなりながら願い続けても、お兄ちゃんは一向に部屋の前から離れていかない。
「家族に迷惑かけてるって思わないのかよ!」
「やめなさい、知世だって分かってるんだから」
「母さんはいっつも知世のこと庇ってばっかだよな」
 二人の言い争いが大きくなっていく。
 ドン! ともう一度、激しく扉が叩かれる。
「おい、知世。お前の弁当、母さんが毎日作ってんの知ってんだろ? その弁当をお前が食わねえから、どうなってるのか考えたことあるのかよ」
「もういいから」
「よくねえよ! 毎日捨ててんだぞ!」
 頭の中で響いたその声が、何重にもなって続いていた。
 捨ててる?
 私が食べないあのお弁当は、毎朝捨てられてるの?
「知世が学校行かなくなってから、毎日毎日捨てて、それでも作ることやめねえでさ! そういうのお前、知ってるのかよ」
 声が出なかった。
「別に引きこもってんのはいいよ。でもさ、母さんの弁当ぐらい食えよ!」
 お兄ちゃんが私に怒ってる理由は、私がお母さんのお弁当を無駄にしてしまっていることなんだ。
「辛いからそこにいんだろ。でもさ、家族まで敵だと思うなよ。それとも申し訳ねえって思ってんだったらさっさと出てこいよ」
 ガンと、今度は叩くというよりも何かが投げられたような音だった。
「……知世」
 久しぶりに聞いたお母さんの声。