「ええよ、どこでも連れてく。どこがいい?」
「どこだろ。ここじゃない場所なら」
「じゃあ、海見に行こうか」
「なんで?」
「海ってええやん。デートっぽいし」
 デートなんて、すごく似合わない。
 私と祈夜がそういう関係になるのも似合わない。
 だけど、たしかにいいかもしれない。
 頭の中で、波の音だけが響く映像が流れた。
「それなら、夜の海に連れてって」
「夜かぁ。いいな、夜」
 祈夜は、私が言ったことを、ありのままの温度で受け止める。
 否定もしなければ、馬鹿にすることもない。
 ただ受け止めて、同調する。
 合わせてくれているのだろうか、私に。そうだとしたら気を遣わせているのだろうか。
「えなこちゃんは海が似合うな。うん、しっくりくる」
「初めて言われた」
「え、えなこちゃんの初めてゲットした感じ?」
 なにそれ、と、私という空気が抜けていく。
「なあ、えなこちゃん」
 祈夜がおもむろにスラックスのポケットからしわくちゃの絆創膏を取り出した。
「これ、あげるわ」
 海の話をしていたはずなのに、なぜこれを渡されているのか理解ができなかった。
 差し出されたそれを、いらない、と突っぱねた。
「自分で使ったらいいのに」
「俺は使うとこないから」
 へにゃっと笑って、ほらほらと、懲りずに差し出してくるから、つい「あるでしょ」と言いかけた。
 その顔の傷。
 思いっきり殴られたようなそれ。
 たしかに絆創膏では補えない範囲だけれど、それでも私より貼る必要ってあるじゃん。
 自分で気付いてないわけないのに。なんでそんなことになってんの。
「なら、貼りたいとこあったら教えて。俺が貼るから。効果抜群よ」
「ないよ」
 どこもない。あったとしても、そこにはこの絆創膏は使えない。
 微風程度でさらわれてしまうようなちっぽけなそれが、どうにも祈夜と重なった。