決まればトントン拍子で話が進んだ。義母に連れられて深森は永田眼科に訪れた。やはり検査の結果は色覚異常とされた。父の進めで専門のメガネを作ることになった。
「これが赤?」
 深森はメガネを着けて真相驚いたと言う。
「──色鮮やかとは聞いていたけど、こんな色だったんだってそのとき思ったの」
 俺の家に報告に来て深森は教えてくれた。
 その言葉を聞いた時、俺は初めて父の仕事を誇れた。
 くしゅん。
 相変わらず花粉症で訪れる患者は多い。院内に入っていく患者を見やり、ふふっと嬉しそうに深森は笑い、俺の手を握った。なんだか普段と見慣れた景色がいつも以上に色づいて見えた。
 なんだこれ。
 俺も花粉症になったのか。
「ありがとう永田くん」
 じんわりと感じる深森の手が気持ちが良くて、体が熱くなる。
「それでね。今ね、家族と花見をしているの」
「へぇ。抜け出してきて良かったの?」
「うん。ちゃんと断ったから」
「どうだった。桜」
「茶色」
「え!」
「ふふ。まだメガネつけて見てないの」
「なんで」
「永田君と見たかったの」
 どくんっと心臓が跳ねた。

──ざぁっと見事な桜吹雪が舞った。桜は満開だ。
「メガネ着けてみろよ」
 深森は「うん」と言って装着する。180度、桜を見回した。
「うわぁ綺麗。これがピンク。これが本当の桜なの」
 目の前に広がる淡いピンクの花に、深森の顔が自然と上を向いた。
 花見に来る客は沢山いるのに、俺の目には桜の花と深森しか映らない。
 賑わう露店の声も、はしゃぐ子供の声も、ビールを飲み騒ぐ大人の声も、風の音となんら変わらなかった。
「私ね。みんなが花見をするのが理解できなかったんだ。でも……」
 深森と俺の間をピンクの花びらが、儚く、ひらひらとゆっくりと落ちていく。
 つっと深森の瞳から涙が頬を伝った。
 深森は幽霊のようにふっと消えてしまいそうなほど淡白に透明に見えた。
 幽霊か。
 もしかしたら幽霊の涙は、本当は綺麗なのかもしれない。俺はそんなことを思い。ロマンチックなその発想にカッと恥ずかしくなり顔を赤らめた。
「どうしたの。顔が赤いよ」
「……なんでもないよ」
「ふふ。変な永田君」
 桜に溶け込む深森が、このうえなく桜が似合っている。
「なぁ、お前のことさ、咲楽って呼んでもいいか」
「うん。いいよ。……駆君」
 どくん。
 俺の下の名前を知ってたことに驚き、心がざわついた。俺はまたしても頬を赤らめる。
「桜。好きになりそう」
 咲楽が言うと俺も頷いた。
 幾度となく咲楽の目から澄んだ涙がこぼれる。
 辛くて悲しい涙じゃなくて良かった。
「綺麗」
「……ああ。綺麗だな」

 俺は桜が咲く時期が嫌いだ。しかし、来年はきっと……。
 首が痛くなるほど俺たちは、ずっと上を見ていた。ピンクの桜が嬉しそうに、柔らかな風に吹かれ、楽しそうに振り子のように揺れている。
 きっとこれからは桜の咲く時期が好きになる。
 だって桜を見る度に、このときの咲楽を思い出せるから。
──好きだ。