ピシャリ。そらきた。
「──馬鹿なことを言うな。友達を見てやってくれだと。患者は特別扱いはしないっと前にも言っただろうが」
 案の定、雷が落ちた。
 俺は引き下がる訳にはいかなかったのだ。深森の笑った顔が脳裏に浮かんだ。もっともっとあんな顔をさせたいんだ。父の激怒に恐怖して俺の体は硬直し、少し震えた。それでも……。
「父さん、お願いします」
 俺は背を深く曲げてお願いした。
「くどい」
「その子、色覚異常者なんだ」
「だからなんだ。男性は20人にひとり。女性で500人にひとりいるとされている。特別扱いはしない。だいたいこんな忙しい花粉時期に馬鹿なことを言うな。色覚異常など普通にいるんだ……見てほしいなら自分で予約しなさいと、その子に言いなさい」
「俺から予約してやるって言ったんだ」
 俺は何年かぶりに父をしっかりと見据えた。
 父は金縛りにあったかのように動きを止めた。家の柱に掛けられた時計の秒針の音が鳴り響く。長く思える重い沈黙が二人のあいだを包んだ。その間も俺は瞬きも忘れ、父の目を見逃さないようにじっと見ていた。父は驚き俺を下から上まで見下ろした。
「お前の顔をちゃんと見たのは久しぶりだな」
「えっ」
 見下していたのかと思っていたが、その父の意外な言葉に、今度は俺が硬直した。すると、その場にいた兄と母は顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
「駆。父さんは寂しかったんだよ。お前、父さんの顔を見る度にすぐにどっか行って逃げるだろう」
「おい。真司」
 えっと。そうだっけ。いやだって父さん小言ばかりだから。
 ゴホンっと、どこか決まり悪げに父は咳払いをし、なにか考える素振りをすると、おもむろに
「確か、来週の月曜日にキャンセルの客がいた。11時だ」
と言った。
「えっ」
 俺が目をパチクリさせていると、父はひとつため息を吐き俺を見た。
「引き受けてしまったんだろう。見てやる。だか、こんなことは2度とないと思え」
 ぶっきらぼうに父は言い。いつもなら俺が居たたまれなくなり逃げるのに、父は照れ隠しのようにリビングから出て行こうとしていた。
 俺は嬉しくて満面の笑みをして「ありがとう」と言った。父は首だけで振り返り、難しそうな眉が一瞬下がり口角が少し上がった気がした。そのままリビングを出て行った。
 父さんってこんな風に笑ったっけ。
 俺は何年ぶりかに父の笑ったところを見たと思った。