「なぁ、兄ちゃん普通ってなに」
兄はベッドに寝っ転がりスマホを弄っている。俺は床に座り背をベッドにあずけた。兄はスマホを触るのをやめ脇に置いた。
「なんだろうな難しいな。普通って定義にするから難しいんだろうな。俺から言わせれば普通じゃなく、風変わりって言い回しになるんだけどな」
「兄ちゃんが言うと、なんか説教ぽいよ。ねー。目の見え方が違うのって親に言えないことなのかな」
「さぁな、その子の考え方だろうな」
「深森は言えないんだって、黙ってて辛くないのかな」
「それがその子の優しさなんだろうな」
「うん」
俺はそれ以上言葉が見つけられなかった。
そうなのだ。優しいから親には言えない。でも隠し通すってどれだけ大変なのだろうかと、ない脳ミソで考える。
きっと辛くないわけがない。
俺なら兄ちゃんに相談する。でも深森はずっと兄弟がいなかったんだ。母もいない。相談できる人がいない。ようやく出来た新しい家族。
ああ、嫌われたくないよな。
学校でいつも下ばかり見ている深森。
「深森が上を向いて生活できるようになれればいいのに」
ぼそりと言うと兄は優しく笑って、俺の頭を撫でくりまわした。
「やめろって、なんだよ兄ちゃん」
「お前は可愛いな」
「ああ。喧嘩売ってんの」
「あはは」
それでも兄は俺の頭を撫でるのを止めなかった。こんなときはマジで鬱陶しい。
──ピンポン。
家のチャイムが鳴った。すぐに母に呼ばれ、俺はぶつぶつと文句を言いながら髪の乱れを手櫛で直し玄関に出た。
息が止まるかと思った。目の前には深森が立っていたからだ。
「永田君。ごめんなさい」
突然、謝られて俺は焦った。
「ちょ、ちょ。なに? どうしたん」
深森は顔をあげて、言いにくそうにしていたが、心が定まったのか、すらすらと話だした。
「あなたの言う通りだったの。その……新しいお母さんがね、異変に気がついてたんだ。それでね。わかったうえで話してくれて、私の目のこと普通の子だって言ってくれたんだ」
俺は嬉しさが込み上げてきた。
「良かったじゃん」
深森は嬉しそうに微笑み頷いた。
「お父さんとも話し合ったの。気づいてあげられなくてごめんって逆に謝られちゃった。私が隠してたからいけないのに」
「それは、深森の優しさからだろう」
深森は大きな目を見開いたあと、柔らかく細め、ちいさな手のひらを組んだ。
「ありがとう永田君。もっと早くにお父さんに話てればよかったって今は後悔してるんだ。それでね、色覚補正メガネを作ろうって話になったの」
「そうなんだ」
前向きな深森は初めて見る。
「私知りたいの、桜の花の本当の色」
「え。桜?」
予想外な言葉に驚いた。
俺は桜が嫌いなんだけどなぁ。なんて言えなかった。
「私の名前は、桜の花からつけられているんだって、お父さんが言ってた。亡くなったお母さんが1番好きな花が桜だったんだ。だから桜の花のように咲き誇り、いつも楽しい気持ちでいられるようにって、咲楽って私につけたんだって」
「そうだったんだ」
「私、ずっと桜が大嫌いだったの。虐められた原因だし、それに私には茶色の花に見えていたから、枯れ草とそんな変わらなくて、綺麗だなんて思ったこともないんだ。ずっとなんでそんな汚い花の名前をつけたんだって思ってた。だって私には秋に散るイチョウの葉のが綺麗なんだもの、でも、今はみんなが綺麗だって言ってる桜の花を見てみたいの。そう思えるようになったのは永田君のおかげだよ」
晴れやかな深森は、俺の今まで知ってた深森咲楽ではなかった。たぶんきっと、これが本当の深森咲楽なんだろう。物静かなだけの女の子じゃない。きっとお喋り好きな普通の女の子だったんだ。
「俺は何もしてないよ」
「そんなことないよ。目のこと受け入れてくれた。凄く嬉しかったの」
素直に気持ちをぶつけてくる深森に、なぜか俺の背中がこそ痒くなった。
そんな真っ直ぐ俺を見るなよ。
いつも深森を盗み見していたくせに、まともに目が合わせられない。眩しいほどに深森は「ふふ」っと笑った。
馬鹿。そんな嬉しそうに笑いかけるなよ。目のやり場に困る。なぜかそんなことを思った。
そんな俺の心境も知らず深森は話続けた。
「私、1度検査しようってことになって眼科に行くことになったの、だからね、どうしても永田眼科がいいって言っちゃった」
上目遣いで俺を見つめる深森。
その信頼した目は、俺を頼ってくれているのだろう。実際見るのは父だけど、深森のためなら俺は苦手な父だろうが相手してやろうと思った。
「なら俺が予約しといてやるよ」
と心から言葉が出た。
「えっ。わるいよ。自分で……」
「やらせろよ、それぐらい」
「……うん。ありがとう」
ざわっと家の木の葉が揺れた。
深森の前髪が掻き分けられ、柔らかな笑顔が写真のように焼き付いた。
触れたい。
それは髪なのか肩なのか手なのかわからなかった。この感情はどこから湧いてくるのだろうか。
ああ、ずっと押し込めていたが、これは認めるしかないのかな……。
深森はその後、何度もお礼を言って家に帰って行った。
俺は照れ隠しに鼻の頭を擦る。そして、どうしたもんかと首をひねった。
父を説得しないといけない。以前、友達の眼科の予約を安請け合いしたら、どえらい怒られたことがあった。絶対に雷が落ちるだろう。
それでも、どうしてもなにか力になってやりたかった。
ばたん。と玄関の扉を閉めると兄が「お前。格好いいじゃん」なんて冷やかしてきた。
「別に」
素っ気なく答えたが、風船のようになんだか心が軽くなった。
兄はベッドに寝っ転がりスマホを弄っている。俺は床に座り背をベッドにあずけた。兄はスマホを触るのをやめ脇に置いた。
「なんだろうな難しいな。普通って定義にするから難しいんだろうな。俺から言わせれば普通じゃなく、風変わりって言い回しになるんだけどな」
「兄ちゃんが言うと、なんか説教ぽいよ。ねー。目の見え方が違うのって親に言えないことなのかな」
「さぁな、その子の考え方だろうな」
「深森は言えないんだって、黙ってて辛くないのかな」
「それがその子の優しさなんだろうな」
「うん」
俺はそれ以上言葉が見つけられなかった。
そうなのだ。優しいから親には言えない。でも隠し通すってどれだけ大変なのだろうかと、ない脳ミソで考える。
きっと辛くないわけがない。
俺なら兄ちゃんに相談する。でも深森はずっと兄弟がいなかったんだ。母もいない。相談できる人がいない。ようやく出来た新しい家族。
ああ、嫌われたくないよな。
学校でいつも下ばかり見ている深森。
「深森が上を向いて生活できるようになれればいいのに」
ぼそりと言うと兄は優しく笑って、俺の頭を撫でくりまわした。
「やめろって、なんだよ兄ちゃん」
「お前は可愛いな」
「ああ。喧嘩売ってんの」
「あはは」
それでも兄は俺の頭を撫でるのを止めなかった。こんなときはマジで鬱陶しい。
──ピンポン。
家のチャイムが鳴った。すぐに母に呼ばれ、俺はぶつぶつと文句を言いながら髪の乱れを手櫛で直し玄関に出た。
息が止まるかと思った。目の前には深森が立っていたからだ。
「永田君。ごめんなさい」
突然、謝られて俺は焦った。
「ちょ、ちょ。なに? どうしたん」
深森は顔をあげて、言いにくそうにしていたが、心が定まったのか、すらすらと話だした。
「あなたの言う通りだったの。その……新しいお母さんがね、異変に気がついてたんだ。それでね。わかったうえで話してくれて、私の目のこと普通の子だって言ってくれたんだ」
俺は嬉しさが込み上げてきた。
「良かったじゃん」
深森は嬉しそうに微笑み頷いた。
「お父さんとも話し合ったの。気づいてあげられなくてごめんって逆に謝られちゃった。私が隠してたからいけないのに」
「それは、深森の優しさからだろう」
深森は大きな目を見開いたあと、柔らかく細め、ちいさな手のひらを組んだ。
「ありがとう永田君。もっと早くにお父さんに話てればよかったって今は後悔してるんだ。それでね、色覚補正メガネを作ろうって話になったの」
「そうなんだ」
前向きな深森は初めて見る。
「私知りたいの、桜の花の本当の色」
「え。桜?」
予想外な言葉に驚いた。
俺は桜が嫌いなんだけどなぁ。なんて言えなかった。
「私の名前は、桜の花からつけられているんだって、お父さんが言ってた。亡くなったお母さんが1番好きな花が桜だったんだ。だから桜の花のように咲き誇り、いつも楽しい気持ちでいられるようにって、咲楽って私につけたんだって」
「そうだったんだ」
「私、ずっと桜が大嫌いだったの。虐められた原因だし、それに私には茶色の花に見えていたから、枯れ草とそんな変わらなくて、綺麗だなんて思ったこともないんだ。ずっとなんでそんな汚い花の名前をつけたんだって思ってた。だって私には秋に散るイチョウの葉のが綺麗なんだもの、でも、今はみんなが綺麗だって言ってる桜の花を見てみたいの。そう思えるようになったのは永田君のおかげだよ」
晴れやかな深森は、俺の今まで知ってた深森咲楽ではなかった。たぶんきっと、これが本当の深森咲楽なんだろう。物静かなだけの女の子じゃない。きっとお喋り好きな普通の女の子だったんだ。
「俺は何もしてないよ」
「そんなことないよ。目のこと受け入れてくれた。凄く嬉しかったの」
素直に気持ちをぶつけてくる深森に、なぜか俺の背中がこそ痒くなった。
そんな真っ直ぐ俺を見るなよ。
いつも深森を盗み見していたくせに、まともに目が合わせられない。眩しいほどに深森は「ふふ」っと笑った。
馬鹿。そんな嬉しそうに笑いかけるなよ。目のやり場に困る。なぜかそんなことを思った。
そんな俺の心境も知らず深森は話続けた。
「私、1度検査しようってことになって眼科に行くことになったの、だからね、どうしても永田眼科がいいって言っちゃった」
上目遣いで俺を見つめる深森。
その信頼した目は、俺を頼ってくれているのだろう。実際見るのは父だけど、深森のためなら俺は苦手な父だろうが相手してやろうと思った。
「なら俺が予約しといてやるよ」
と心から言葉が出た。
「えっ。わるいよ。自分で……」
「やらせろよ、それぐらい」
「……うん。ありがとう」
ざわっと家の木の葉が揺れた。
深森の前髪が掻き分けられ、柔らかな笑顔が写真のように焼き付いた。
触れたい。
それは髪なのか肩なのか手なのかわからなかった。この感情はどこから湧いてくるのだろうか。
ああ、ずっと押し込めていたが、これは認めるしかないのかな……。
深森はその後、何度もお礼を言って家に帰って行った。
俺は照れ隠しに鼻の頭を擦る。そして、どうしたもんかと首をひねった。
父を説得しないといけない。以前、友達の眼科の予約を安請け合いしたら、どえらい怒られたことがあった。絶対に雷が落ちるだろう。
それでも、どうしてもなにか力になってやりたかった。
ばたん。と玄関の扉を閉めると兄が「お前。格好いいじゃん」なんて冷やかしてきた。
「別に」
素っ気なく答えたが、風船のようになんだか心が軽くなった。