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 土曜日の正午前。天気は晴天。俺は友達の優とデパートのゲームセンターに遊びに来ていた。
「優。俺トイレ言ってくる」
「おう、行ってこい」
 クレーンゲームに夢中の優を置いて、俺はキラキラと光るゲームセンターをあとにした。トイレから出ると、どんっと誰かと鉢合わせる。
「おっと! すみませんって深森じゃん」
「ごめんなさい」
 一瞬誰かわからなかった。
 深森は頬を少し赤らめた。俺は食い入るように上から下まで深森を凝視した。私服姿の新鮮さで、なぜか俺の心臓がドキリと跳ねた。
 長い漆黒の髪を軽くカールさせ、ピンクのリボンが結われている。清楚な真っ白なワンピースを着こなし、鞄は意外な真っ赤だった。
 こわ。女は化けるな。
 その以外な可愛さに、なんだか心がそわそわした。俺はまぎらわすように目を泳がせ
「深森ってピンクが好きなのな」
 と聞いた。
「えっ……」
「だってリボン」
 ぎょっとする深森。俺はそのときほんの少し違和感を感じた。
「失礼します」
 小さな声が俺をすり抜けていく。
「──って深森。そっちは男子トイレだって」
 ビクリとして振り返る深森。ますます顔を赤らめる。なんだか可笑しくて俺は盛大に笑った。
「ははは。なんだ深森って、おっちょこちょいなんだな。しっかりマーク見ろよ」
 何気ないその言葉に深森は、ぎゅっと口を引き結び涙目になった。
「今度から気をつけるね」
 言って深森は走り去ってしまった。
 ぼつりと残され、俺は沈下した炎のようにブスブスと嫌に燻る感情がベタつくように張り付いていた。
 なんだよ。なんでそんな泣きそうな顔になるんだよ。
 一気に興が冷めた。
 傷つけるようなこと言ったか? ちょっと笑っただけじゃん……。
 涙目の深森が脳裏に焼き付いた。
 悪いことをした罪悪感がしこりのように心に残る。しかし、まったく深森が理解できず俺はだんだん腹が立ってきた。
 変な奴。変な奴。変な奴。──怒りをぶつけるように俺はクレーンゲームに没頭した。
「駆、なにかあったのか?」
「別に」
「愛想笑いが崩れてるぞ」
「……」
 優に言われたが、優相手にわざわざ疲れる愛想笑いが出来るわけがない。
 そのあとは散々だった。乱れた心のせいで、ひとつのクレーンゲームに三千円も投入してしまった。
 どよん。
 あんなに晴れていた空もいつの間にか厚い雲に覆われ、俺の晴れやかな気分は反転した。
 俺の三千円返せよ深森!
 っと理不尽に心のなかで罵倒したのだった。