「──おお! 召喚成功か! 魔界側でもなんとかなるもんだの」
「生きたまんま連れて来られれば、だろ。起きるまで油断は禁物だろ、“父上”」
「わかっとるわい! 起きんかったら然るべき手段で処分しておけ」
「俺がやんのかよ……おーい起きろー、ゴミ処理なんざ真っ平御免だぞー」
……なんだか不穏な会話が聞こえる。
けれど、瞼が開かない。
頬を軽く叩かれる。意識はあるのに体が言うことを聞いてくれない。
「……起きんのう。そうじゃ。アレ、試してみぃ」
「アレ?」
「勇者たちがよくやっとるヤツ。物語の締めには必須じゃろうて」
「おい、まだ始まってすらいねえだろ。終わらせんなよ」
「先にやって困るもんでもあるまいて。後ろから始めるのも斬新というもんじゃ」
「なんだその理屈……」
はああ、と大きな溜息が聞こえる。瞼の裏に感じていた光が少し陰った。
「ホントにこれで起きたら見ものだな」
低い声がかすかに笑う。
顎が少し上がる感覚。
ちょっと待って、これってまさか──
「まっ……!?」
今まで動かなかったのが嘘のように目が開く。赤い瞳が弾かれたように見開いた。
「うおっ……どろいた、ホントに起きた」
「おお! これが噂の目覚めのキッスというヤツかな!」
「し、してない! 未遂だから!」
目が開いたと同時に、今まで鉛のようだった体が一気に動いて跳ね起きた。
寝起きでこんなに大声を出したことはないくらいの音量に、私自身が面食らう。同じくらい驚いているであろうふたりが、私を挟んで両側で固まっていた。
「……正真正銘、召喚成功じゃ」
「だ、な」
左には皺くちゃのお爺さん、右には目元が良く似た青年。私と同い年くらいだろうか。
さっきまで交わされていた会話からするに言いたいことを言い合える遠慮のない理想の親子──と言いたいところだけど、彼らの服装は、ホームドラマで見る「理想」からはかけ離れていた。
お爺さんの頭には、けばけばしい宝石がついた黒い冠。それにゴテゴテとした分厚く黒いマントに髑髏のネックレスと指輪が光る。ちょっと趣味が若すぎ……いやいやいつまでも若くあろうとする志にケチをつけてはならない。
そして若い方はこれまた黒い冠……これはお爺さんのものよりひと回り小ぶりだ。そして宝石も付いていない。お爺さんの服装をシンプルにしたようないでたちは、幾分すっきりして見える。
紫がかった長い前髪の奥で、赤い瞳がこちらを見定めているかのようだ。
「おい」
呼びかける口元からは八重歯が覗いた。
「お前──生きてるな?」
「は……はあ」
「俺らのことが見えるな?」
「ええ、まあ」
よし、と頷いた彼はお爺さんに視線を向ける。
うおっほんと大袈裟に咳払いをしたお爺さんは、立ち上がると遠くに見える椅子に座り直す。そこから伸びている絨毯の柄に見覚えがあることに気がついたが、なんのことはない、私が居るのはその延長線上だった。
椅子もまた装飾が煌びやか……というよりごちゃごちゃしている。そこから聞かされた声は、先程とは違った深みがあって伸びやかなよく響くものだった。
「愛の導き手よ、よくぞ魔界に参られた!」
「……はい?」
トラックに轢かれて異世界転生とか、危機に瀕した世界を救え、とか。そういうラノベに馴染みはあった。
チートな魔法が使えたり、はたまた断罪ルートを回避するために知恵を絞ったり……
社会人にもなったと言うのに、自分だったらこんな設定にしようかなと妄想を膨らませたこともある。
しかし、私の想像力などたかが知れていた。
だって現実は──断罪もされない代わりに救世主にもなれない。はたまたモブで平穏に暮らしていくことも許されない。
どうやら私は──魔界を愛に導くらしい。
「生きたまんま連れて来られれば、だろ。起きるまで油断は禁物だろ、“父上”」
「わかっとるわい! 起きんかったら然るべき手段で処分しておけ」
「俺がやんのかよ……おーい起きろー、ゴミ処理なんざ真っ平御免だぞー」
……なんだか不穏な会話が聞こえる。
けれど、瞼が開かない。
頬を軽く叩かれる。意識はあるのに体が言うことを聞いてくれない。
「……起きんのう。そうじゃ。アレ、試してみぃ」
「アレ?」
「勇者たちがよくやっとるヤツ。物語の締めには必須じゃろうて」
「おい、まだ始まってすらいねえだろ。終わらせんなよ」
「先にやって困るもんでもあるまいて。後ろから始めるのも斬新というもんじゃ」
「なんだその理屈……」
はああ、と大きな溜息が聞こえる。瞼の裏に感じていた光が少し陰った。
「ホントにこれで起きたら見ものだな」
低い声がかすかに笑う。
顎が少し上がる感覚。
ちょっと待って、これってまさか──
「まっ……!?」
今まで動かなかったのが嘘のように目が開く。赤い瞳が弾かれたように見開いた。
「うおっ……どろいた、ホントに起きた」
「おお! これが噂の目覚めのキッスというヤツかな!」
「し、してない! 未遂だから!」
目が開いたと同時に、今まで鉛のようだった体が一気に動いて跳ね起きた。
寝起きでこんなに大声を出したことはないくらいの音量に、私自身が面食らう。同じくらい驚いているであろうふたりが、私を挟んで両側で固まっていた。
「……正真正銘、召喚成功じゃ」
「だ、な」
左には皺くちゃのお爺さん、右には目元が良く似た青年。私と同い年くらいだろうか。
さっきまで交わされていた会話からするに言いたいことを言い合える遠慮のない理想の親子──と言いたいところだけど、彼らの服装は、ホームドラマで見る「理想」からはかけ離れていた。
お爺さんの頭には、けばけばしい宝石がついた黒い冠。それにゴテゴテとした分厚く黒いマントに髑髏のネックレスと指輪が光る。ちょっと趣味が若すぎ……いやいやいつまでも若くあろうとする志にケチをつけてはならない。
そして若い方はこれまた黒い冠……これはお爺さんのものよりひと回り小ぶりだ。そして宝石も付いていない。お爺さんの服装をシンプルにしたようないでたちは、幾分すっきりして見える。
紫がかった長い前髪の奥で、赤い瞳がこちらを見定めているかのようだ。
「おい」
呼びかける口元からは八重歯が覗いた。
「お前──生きてるな?」
「は……はあ」
「俺らのことが見えるな?」
「ええ、まあ」
よし、と頷いた彼はお爺さんに視線を向ける。
うおっほんと大袈裟に咳払いをしたお爺さんは、立ち上がると遠くに見える椅子に座り直す。そこから伸びている絨毯の柄に見覚えがあることに気がついたが、なんのことはない、私が居るのはその延長線上だった。
椅子もまた装飾が煌びやか……というよりごちゃごちゃしている。そこから聞かされた声は、先程とは違った深みがあって伸びやかなよく響くものだった。
「愛の導き手よ、よくぞ魔界に参られた!」
「……はい?」
トラックに轢かれて異世界転生とか、危機に瀕した世界を救え、とか。そういうラノベに馴染みはあった。
チートな魔法が使えたり、はたまた断罪ルートを回避するために知恵を絞ったり……
社会人にもなったと言うのに、自分だったらこんな設定にしようかなと妄想を膨らませたこともある。
しかし、私の想像力などたかが知れていた。
だって現実は──断罪もされない代わりに救世主にもなれない。はたまたモブで平穏に暮らしていくことも許されない。
どうやら私は──魔界を愛に導くらしい。