「ゴチソーサマッ」
「ンマカッタ!」

窓の向こうは墨を流した空が広がっている。

お皿までぺろりと食べる勢いで平らげたクロとヤミが腹ごなしに突進してきたのをなんとか受け止め、ソファになだれ込んだ。
抱きしめつつも、こーら、と軽く頬をつまめばそれが羨ましかったのか、コウモリの大群にぐるりと囲まれて次々と頭を擦り寄せられた。

「ひえっ、多い! 順番、順番に、ね?」

そう呼びかければすごすごと飛び去っていく黒い群れの中、最後までしつこく……否、健気にしがみついている一匹の頭をそっと撫でた。しっとりとした産毛を指の腹に感じる。

「シン、この子に名前をつけていい?」

背を向けて書き物机に向かっていたシンは気怠げに振り向いた。
次期魔王として、王位継承の儀式を始め、彼が担うであろう国務等が事細かに記された書籍や書類が砦のように彼を囲んでいる。

あの日を境に、再び魔界に闇夜が訪れた。
無我夢中の祈りが何を齎したのか、私はもちろんシンもよくわかっていないようだ。
しかし、魔王だけは訳知り顔で頷いていた。
彼曰く、王の代替わりによって魔界もまた新たに生まれ変わり、眷属も再び集い出すらしい。
そのために王位継承を急ぐ必要があるそうだが、無理難題を押し付けて呻く息子を見たいだけの歪んだ親心も垣間見えた。
その辺りはこの親子の日常茶飯事である。

「梓……、片っ端から俺の使い魔、横取りする気か」
「だってこの子が懐いてくれたんだもの」

自慢げに返せば、シンは長い長い沈黙の後でひらりと手を振って机に向き直った。

「…………好きにしろ」
「やった。よし、キミは墨みたいに黒いからスミ」
「スミー!」

キュウと高く鳴いたスミを挟んで、クロとヤミもスミー!と鳴く。

「梓、そのネーミングセンスは使い魔だけにしておけよ」
「どういう意味?」
「子どもの名前までスミだのインクだの言い出したら、王妃としての品格もへったくれもねえからな」

さらりと言われた内容を、瞬きしながら反芻する。

──子ども。王妃。
私が、シンの……?

熱くなった頬に手を当てて「……夢?」と呟けば、席を立ったシンがソファに座る私に覆い被さった。

「覚めねえよ。とびっきりの悪夢だからな」

彼の前髪が額をくすぐる。
血の色をした瞳の奥で紫炎が揺れた。


こんな悪夢なら、覚めなくていいかも。