「あら、問題ありませんわ。人に刃を向ける輩は監獄にぶち込まれるものですわ」
刃物!? 白桜も大きく目を見開いた。冬湖が未だうずくまるに男子生徒に歩み寄り、腹を抑える腕を無理やりねじあげた。
すると、金属音を立てて光るものが道路に落ちる。
「……俺を殺したかったのか?」
それを持つ意味。
そしてその男子生徒から、白桜を護った冬湖。
男子生徒は、恐らく痛みで浮かべたであろう涙目で白桜を見上げてきた。
「お前が……っ! 俺の好きな人をさらったのに、勝手に振ったりするから……!」
(誰だ)
と、反射的に思うくらい、白桜にとって告白されることは珍しいことではなかった。
そして、こういった一方的な敵意を向けられることもあったが、命を狙われたのは初めてだった。
「お前、断ったくせに手紙、もらっただろう……!」
(……ああ)
あのときか、と思い出す。
白桜は気持ちに答えられないと断ったが、手紙だけは受け取ってほしいと言われ、突き返すことはできなかった。
「御門様、警察を呼ぶことをおすすめいたしますわ。この者、自分が刃物を手にしたことに怯えておりません」
後悔していない、ではなく、怯えていないと冬湖は口にした。
人の命を奪える道具を、その意味を持って握ったとき、頭は興奮状態になる。
だがそれを手放したとき――目的の達成の有無にかかわらず――、己のしたことに怯える者は、まだ心がある。
怯えてから、後悔する。
この男子生徒は、白桜と近い年齢でありながら、それがない。
それどころか、未だに白桜に敵意を見せている。……これは、治療が必要な人だ。
その心が、黒く病んでしまっている場所から。
「わかった。警察にも知り合いがいるから、そこを通してみよう」
「お願いいたしますわ。ではあなた――しばらく寝ていてくださいまし」
「はっ?――」
冬湖が今度は、その後ろ首を手で撃った。意識が途切れたように崩れ落ちる男。
あざやか過ぎるそれを見ながら、白桜は事態の収拾のために縁のある警察の人間に連絡をした。
一番近いところにいる警察官を寄越すとのことだった。
場所は通学路なので、邪魔にならないように、そして目立たないように、近くにある小さな無人のお寺に場所を移した。
意識を失った男子生徒は、無炎が腕を捕縛する状態で置かれている。
……白桜と黒藤は、憶えのある冬湖の戦い方とセリフに頭を悩ませていた。