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「……あれ?」
「にいさま? どうされましたか?」
黒藤が瞬くと、目の前には白桜の姿。
視線を滑らせれば、そこは御門別邸の庭だった。
「は、白! 大丈夫だったか?」
「へっ? なにがですか?」
白桜の様子を見るに、異変はない。
それどころか、さっきまでの出来事も憶えていないようだ。
そしてここへ駆けつける御門の人の足音も、逆仁や白里がやってくる様子もない。
(……白昼夢でも見ていたのか?)
黒藤は背後に無月の気配を感じて顔を上げた。
無表情が常の無月にしては珍しく戸惑っている。
辺りを何度も見回していて、黒藤の視線に気づいてこちらを見てきた。
「黒藤、今のは……」
「無月は憶えているんだな?」
「ああ、もちろんだ」
「にいさま? 何かあったのですか? あ、ねこさんにげちゃいました。さわりたかったです……」
白桜の声ではっとすると、御門別邸を囲む塀の上に、三毛猫がいた。
そのまま向こう側へ姿を消してしまう。
まじでなんだったんだ……というには、黒藤も無月も憶えていることが、さきほどのことは夢でないといっている。
月天宮――斎宮、そして白桜が呼ばれていた、ひめみこ――おそらく字は姫巫女だろう。
黒藤の知る限り、月の宮、いや、月・天ノ宮への道は、とうになくなっていたはずだ。
影小路は、月への影の小路(こみち)の守護者、月御門は、月の御門(ごもん)の門番という意味から、その名がきている。
月天宮が真の主と教えられ、育てられている。
そのため立場上は主家にあたる司家だが、完全な主と見ず、小路と御門は始祖とその生まれかわりのみを主人としてきた。
それが、司家配下の神祇(じんぎ)家と一線を画すところでもある。
小路も御門も、司家の始祖当主以外にはかしずかない。
斎宮は、白桜に用があると言っていた。
そのために白桜が憶えていると面倒だから記憶を奪うとも。
月の宮の人々が見間違うほど似ているという、白桜と姫巫女。
つながりがあるのか? それともただの他人の空似? そこまで考えるには、当時の黒藤は幼かった。
だが、ひとつだけいだいた感情がある。
白は俺が護らなくちゃ。
いや、俺が護りたいんだ。