御門の中枢はあくまで本邸。
別邸を御門の本拠地とする意思がないことを示すため、白桜別邸には最低限の人員しか置いていない。
別邸をもっとうまく機能させるために、昼間も別邸にいられる人員を置いたり、学生以上の年齢の者もおいた方がいいのもわかっている。
祖父にも人手が足りないだろうと言われているけど、これ以上増やす気はなかった。
別邸はあくまで、仕事で来た御門の人間の居地となるための場所としておきたい。
御門を一枚岩とするために。
白桜はいずれ本邸へ帰る。御門の当主としての役目を果たすために。
そして、この時代に生まれた御門の人間としての役割を果たすために。
……置いていけるものは、少ない方がいい。
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「白ちゃん! 百合緋ちゃん、おはよう!」
通学路で白桜たちと一緒になったのは、先ごろ小路に入った、黒藤の従妹にして小路流・当主候補の影小路真紅(かげのこうじ まこ)。
小路の先代で黒藤の母でもある紅緒(くれお)のもとで修行中だ。
「おはよう」
「おはよう真紅ちゃん」
真紅はその出自から、小路とは全く関係のない人生を歩んできた。
だが、突然妖異が見えるようになったり、自分のものではない記憶がよみがえったりしても、揺らがずに自分の生きる道を選んだ。
問題があるとすれば、恋人が吸血鬼の血統というところだろうか。
「ん? 涙雨ちゃん?」
白桜の肩に乗って寝ている涙雨に気づいた真紅が首をかしげる。
涙雨はまだ霊力が足りないようだから、黒藤に会うまで寝ていていいと白桜から伝えてある。今はぐっすりだ。
「ああ。今朝うちの近くで百合姫が見つけたんだ。散歩中に空腹で倒れたらしい」
「え、大丈夫なの? 黒ちゃんとか縁ちゃんが心配してるんじゃ……」
「黒には式を飛ばしてあるから大丈夫だよ。学校で返すことになっている」
縁は黒の二の式で、名の通りえにしの妖異だ。
普段から人の姿で顕現していて、今は黒の姉と名乗っている。
「そっか。なら大丈夫だね」
真紅はにこやかにうなずいた。
影小路真紅。旧姓、桜木真紅。
小路流先代当主で黒藤の母でもある紅緒の双子の姉、紅亜(くれあ)の一人娘。
黒藤が今高二で、真紅は白桜と同い年の一年だ。