翌日。学校に行くのは、ほんの少し億劫だった。ユウナとモモコに、新くんと交わした会話のうち、どこを切り取って説明すれば良いのかわからず、昨晩はうまく眠れなかった。誤魔化そうかとも考えたが、仁科くんのニュースは一度私たちの間で話題にあがっていたからこそ、双子の弟である新くんが接触してきた事実を、「無関係です」で済ませられるとは思えなかった。
なにより、仁科くんのことを無関係だなんて言いたくなかったのだ。
登校すると、いつも通りユウナとモモコが私の席を囲うようにして話をしていた。私の存在に気付いたユウナが、「あやちゃんおはよぉ」とゆったりとした口調で話しかけてきた。隣にいたモモコが続けて「おはよー」と言う。
「あやちゃん昨日のドラマみた?」
「ドラマ……あ、見てない」
「そっかぁ。あたし録画し忘れちゃったんだよねぇ。やっぱサブスク入ろうかなあ。入るならどれがいいんだろうね? あやちゃんどう思うー?」
「ど、どうだろう……」
「なんでも絢莉に聞いて決めようとするのやめなよ」
「だってモモちゃん、サブスクっていろいろあんの! あやちゃん前に何個か入ってるって言ってたから参考にしたいじゃん!」
いつもと変わらないふたりに、私は動揺していた。聞かれるものだと思っていたから、あまりにもいつも通りすぎる様子についていけていなかった。リュックをおろし、さび付いた椅子を引いて座る。
「……あのさ」と控えめに口を開くと、ふたりはサブスクをめぐる言い合いをやめて私を見た。
「ふたりとも……気にならないの? 昨日のこと」
自分から話をぶり返すのはどうかと思ったが、このまま何もなかったかのように接するのは誠実じゃないような気がした。
私の質問に、ユウナは少し考える仕草を見せ、それから答え始めた。
「気にならないかって言われたらそりゃ気になるけどぉ……あやちゃんが言いたくないことなら聞くつもりないよ。中学の時からあやちゃんって秘密主義だし。それに、あたしみたいな適当人間がまともに力になれるとも思ってなかったから。代わりに少しでも気が紛れたらいいなって思ってさ、いつもいっぱい話しかけちゃうんだよねえ」
「……そうだったの?」
「逆に空気読めてなくてモモちゃんには怒られちゃうけどねっ」
全然知らなかったことだ。ユウナのことを、私はよく知ろうとしないまま勝手に決めつけていた。
言葉を交わさないと分かり合えないことがある。
思い込みで、他人のことを分かった気になってしまうことがある。
自分だけが負担を抱えていると思っていたことは、蓋を開けてみれば、意外とお互い様だったりもする。
私たちが息をしているのは小さくて窮屈なところで、時々息苦しくて逃げ出してしまいそうになるけれど、だからこそ、深まる出来事がきっとあるから。
「……ユウナのおすすめのバンド、もっとたくさん教えてほしい」
「え! もちろんだよ! あやちゃんが好きそうなのいっぱいメモしてるんだから!」
全てをわかりあえない私たちは、妥協と本音で息をする。
『今日の空、綺麗だよね。収めておきたいって思うの、わかるよ』
どこかで、シャッターをきる音が聞こえた。