帰宅した後、私は義務のような感覚でクローゼットの奥から卒業アルバム引っ張りだした。

三年前のことを思いだすには、あまりにも材料が足りない。卒業アルバムなんて、何年か経って、ふざけて友達同士で見返すくらいで、全校生徒が平等に映るように計算されたそれらを見返す機会はめったにない。実際、私がこのアルバムを手に取ったのは三年ぶりのことだった。

各クラスの個人写真からはじまり、学年やイベントごとに写真が記録されている。
高校生になってから伸ばすようになったモモコの髪が、この時はまだ短かったなあとか、ユウナはよくスカートを短くして生徒指導の先生に怒られていたなぁとか。写真は静止画だけど、当時の気持ちまで鮮明によみがえらせる特殊な力がある。

懐かしさに浸りはじめていた時、ふと、一枚の写真が目に留まった。

三年生の時の体育祭の写真で、ページの端の方に小さく抜き出されているものだ。青いハチマキを巻いて、美しいフォームで走る仁科くんの姿に、当時の気持ちが思い起こされる。

思い返せばあの日は、仁科くんが走る姿はあまりにもかっこよくて、きらめいて見えた日だ。


その写真に写る仁科くんは、風の抵抗で額が見えていた。
こめかみのあたりに、ふたつ連なった黒子がある。それは、本人に気づかれないように遠目から見つめるだけじゃ気づけなかったもの。

双子の黒子を見つけた瞬間、当時の私が隠してきた───敢えてそうしてきた気持ちが露呈したような気がした。抱えきれなくなった感情が次次にあふれ出す。


「……ホントに同じだったんじゃん、私たち」


ぼろぼろとこぼれる涙を拭い、その流れで自分のこめかみに触れる。
そこにある、双子の黒子。写真に写る仁科くんとおそろいのそれに、愛おしさがこみ上げた。


仁科くんに、私と同じ位置に黒子があったなんて知らなかった。

遠くからじゃなくて、その黒子にもっと早く気づけるくらい、近くで君を知りたかった。

思い返せば。そういえば。そんな言葉をつけるだけで簡単に思い出すことができる記憶は、本当はちゃんと覚えていることなのだと思う。都合が悪いから、忘れたふりをしているだけだ。


私はいつもそうだ。ユウナから教えてもらった音楽が本当はとても好みだったことも、仁科くんに特別な感情を抱いていたことも、都合が悪いから忘れたふりをして生きてきた。

わざわざ思い返さなくたって、ちゃんと気づいていた。


好きだったのだ、君のことが。
確かにあの時、私は仁科くんに恋をしていた。


どうして今更気づいてしまったんだろう。時々息苦しくなるくらい小さな町で、「好き」のたった二文字すら届けられなくなる前に、どうして気づけなかったんだろう。

いや、今だから、気づけたのかもしれない。



「……ずるいよ、仁科くん」



好きだ。君のことがもっと知りたい。生きていてほしい。
私は、まだ君に何も言えていないから。

変わりたい、変われない。────変われるだろうか、今からでも。

それでいつか、私が私の人生を愛おしく感じるようになれたら。