近くの公園のベンチに座り、私は新くんの話を聞いた。


「先週、学校に来てないって連絡あって。翼とは連絡つかなくて、そのまま。警察に連絡したら家宅捜査が始まって。……日記は、翼の部屋でみつけた」


仁科くんの日記に、私の名前があった。名前を出すほど彼の中で、私は印象的な存在だったのだろうか。気になって質問すれば、「具体的なことが書いてあったわけじゃない」と言われた。

ますますわからなくなった。仁科翼という人物が何者なのか、今この場で正しく説明できる人なんているのだろうか。
そもそも、仁科くんが日記をつけるようなタイプだったことにもびっくりだ。


「双子だけど、おれは翼のこと全然知らないから。今から聞くことが失礼なことだったらごめん」
「いや……、」
「庄司さん、中学の時、翼と仲良かった?」


仲は、決して良くなかった。むしろ嫌われていたような気もする。

三年生の時、放課後の教室でぶつけられた言葉は、間違っても好意がある人間にわざわざ伝えることじゃないはずだ。お互いの悩みを相談し合うような関係でも、恋に落ちるような初々しい関係でもなかった。


「全然仲良くなかった。まともに話したのも数える程度だよ」


そんな状況下で、私だけが意識していた。
私だけが、仁科くんを忘れられずにいた。


「……翼ってさあ、おれと違って真面目で良い子なんだよね。人付き合いもうまいし、なんでもできる。しんどいこと、しんどいって言わないし。なんかでもそれってさ、いつもどっか諦めてるってことだと思うんだよ」


新くんがぽつぽつと話し出す。夏の夕焼けに照らされた横顔は、私が知っている仁科くんの横顔にそっくりで脈が速まった。


「言わないだけで、本当は、触れたら簡単に爆発しちゃうような爆弾抱えてたんじゃないかって思ったら、おれ、どうしていいかわかんなくなった」
「爆弾……」
「失ってから気づくって本当なんだ。そんで、自分が嫌いになる。向き合うことを遠ざけてきた過去の自分も、何もできない今の自分も、すごく邪魔だ」


彼には彼なりの悩みがあったのだろうか?
仁科くんは、本当はどういう人だったんだろう。私がもっと、私のような人間じゃなかったら、仁科くんが何かを吐き出したい時に受け止められるような存在になれていただろうか。

仁科翼は〝消えた〟。詳細は、誰も知らない。


「庄司さんは、どう思う?」
「どうって?」
「翼は、やっぱり死んだって思う?」


仁科翼は死んでしまったのか。
そうじゃなかったとして、彼はどこへ行ったのか。


仁科くんとの思い出を振り返ったところで、仁科くんが抱えていたものを想像したところで、仁科くんが目の前に現れてくれるわけじゃない。
真剣な眼差しで見つめられ、言葉を詰まらせる。額には汗がにじんでいて、時折拳を膝の上でつよく握りしめていた。


「……ごめん。私、仁科くんと仲良くないからわかんないよ」


思ったより低い声が出て、自分でも驚いた。

自分のことのように必死になれるほど、私は仁科くんとの思い出があるわけじゃない。
だから、家族といういちばん強い繋がりがある新くんのことが、私は羨ましかった。


仁科くんがいなくなって、悲しくて涙を流せるくらい、汗だくになって君を探せるくらい、───生きていてほしいと堂々と願っても良いくらい、私も仁科くんとの思い出がほしかった。


「……そうだよね。時間とらせてごめん、ありがとう」
「べつに……」
「もし今後何か手掛かりになるようなことがあったりしたら連絡してほしい。気が向いたらでいいから、頼むよ」


新くんはそう言って私に携帯番号が書かれた紙切れを握らせると、ベンチから立ち上がり、小さく会釈をして公園を後にした。
ひとりそこに取り残された私は、逃げるように空を仰いだ。オレンジと青が混ざり合ういびつな空は、少々不穏で不安定な私の心と比例しているような気がした。

ポケットからスマホを取り出し、画面に収める。


『今日の空、綺麗だよね。収めておきたいって思うの、わかるよ』


シャッターを切る音は、まるでそこに仁科くんがいるかのような感覚を連れていた。
仁科くんも今、どこかで同じ空を見ているだろうか。