ユウナの付き添いで呼ばれた、名前も顔もちゃんと知らないバンドのフリーライブは、思いのほか好みの音楽で、私は僅かな悔しさを覚えていた。


思い返せば以前もそうだった。『ひとりで行きたくないから来てほしい』と誘われた、今でこそ有名になったバンドの対バン。ゲストで呼ばれたスリーピースのバンドが奏でていた音が耳から離れなくて、以降すっかり虜になっている。


「アンコールであの選曲は流石に天才すぎた。入りもよかったよね、ね? ね!」
「すぐ同意求めないの」
「だって! だってさあ⁉ 良かったじゃん⁉」


終演後、興奮が冷めないユウナが楽しそうにライブの話をしている。すかさずモモコが恒例の如くユウナに注意を入れるけれど、お構いなしにユウナは話続けた。その姿は本当に楽しそうで、ユウナがわかりやすいタイプといえど、感情は雰囲気に直結するんだなと他人事のように思った。


『庄司さんっていつもつまんなそうな顔してる』


ふとした瞬間に、記憶の中の仁科くんが話し出す。彼にまつわる噂を聞いたのはもう一週間以上前のことで、忘れてもいい頃なのに。

つまんなそうな顔って、どんな顔?


ユウナが今、誰から見ても楽しそうに見えるのと同じで、私は誰から見てもつまらなそうに生きていたのだろうか。
怖くなった。私は、このまま生きていくのが怖くて仕方がない。


「でも今日、あやちゃん楽しそうだった!」


思いがけない言葉に「は」と反射的に声がこぼれる。記憶に残る仁科くんとは真逆のことを言われ、私は数秒固まった。


「横見たらさ、あやちゃん笑ってたんだもん。前の時も結構印象的だったからさ、あたし覚えてるんだよ。あやちゃん、こういうバンドの音楽好きなのかなあって思って」
「そう……だった?」
「そうだったよぉ。ね。だから、誘ってよかった!」


眩しいほどの笑顔だった。直視することはできず、私は目を逸らす。捻くれた思考ばかりの自分があまりに恥ずかしいものに思えて、消えたくなった。

帰り道は、それからまたしばらくユウナがほとんどひとりで話し続ける時間が続き、あっという間に私たちがいつも別れる交差点が見えてきた。


「楽しい時間ってホント一瞬でやだなあ」
「てかさ、明日って古典の小テストなかったっけ」
「え、そうじゃん。最悪だぁ……──って、あれ?」


ユウナが突然、数メートル先を見て声をこぼした。つられるように顔をあげ、彼女と同じ方向に視線を向ける。

そこには、あたりをキョロキョロ見渡す、やや挙動不審な男の姿があり、私は驚いて足を止めてしまった。
その男は、仁科くんとよく似た顔立ちと風貌をしていた。


「仁科くんじゃん。弟のほうの」
「仁科(あらた)……だよね? 名前。あんまちゃんと話したことないけど、顔、めっちゃ似てるよねぇ」
「……あ。こっち気づいた」
「手でも振っとく? おーい、新くーん」
「ちょっとユウナ、やめなってば」



中学時代、一度も同じクラスになったことはなく、関わった機会は無に等しい。

仁科くんが双子であることは皆共通の認識であったものの、スポットライトを浴びるのはいつも仁科翼くんのほうで、仁科新くんに関する話題はあまり耳にしたことがなかった。

私たちの存在に気づいた新くんが小走りでこちらに駆け寄ってくる。
私たちに用事があるのだろうか。仮にそうだとしたら、思い当たるのは、先週ユウナから聞いたあの噂についてだ。


「翼のこと、なにか知らない?」


開口一番、彼は私にそう言った。ユウナでもモモコでもなく、その質問が私に向けられている自覚があった。


「あいつが書いてた日記に庄司さんの名前があったんだ。庄司さん、もしかしたらなんか知ってるんじゃないかと思って」
「……日記?」
「うん。時々この辺り歩いてるの見かけてたから、話しておきたくて……ごめん、待ち伏せみたいなことして」

新くんの謝罪に戸惑っていると、「絢莉」と、モモコに名前を呼ばれた。


「あたしら先帰ってるね」
「え、ちょっとモモちゃん!」
「なんかあったら相談乗るから、その時は言ってよね」


モモコはそれだけ言うと、半ば強引にユウナを連れて交差点を渡っていった。
短い言葉だったけれど、モモコの気遣いをわかりやすく感じ、申し訳さと感謝が混ざり合う。
帰っていくふたりの背中を見つめていると、新くんが再び口を開いた。


「ごめん。場所変えよう、少し長くなるかもしれないし」