悔しいことに、私はその日を境に仁科くんのことを意識するようになってしまった。
ふとした瞬間に、彼を目で追っていることに気付くのだ。
自覚するたび恥ずかしくなってひとりで首を振るといったことを繰り返しているうちに、だんだん〝普通〟に対して疑問を持つ彼が、どんな日々を過ごしていのかが視えてくるようになった。
クラスの人気者で、性別や学年、系統を問わず誰にでも優しく誠実な仁科くん。
そんな彼が、授業中、真面目に聞いているようにみえてじつは教科書の影に隠れて寝ていたり、先生からの頼まれごとを引き受けたあと、少し面倒くさそうにため息を吐いていたり。うっかり上靴のまま下校しようとしていた瞬間も見かけたこともある。
仁科くんの人間的な部分を知れば知るほど、私は彼に対して抱いている興味が大きくなるのだった。
その感情が恋愛的なものだったかどうかについて、正解は自分でもわかっていなかったが、仁科くんのことを考えている時間だけは経過がとてもはやく、ワクワクしていたことは確かだった。
けれどそれは、誰にも相談することのないまま封印した。私が抱える感情を、わかってように語られなくなかった。
仁科くんとまともに話したのは、あの日のたった一回限りのこと。それからあっという間に卒業式を迎えたが、私と仁科くんの距離は可も無く不可も無いままで、これと言った思い出はひとつもできなかった。
彼の日常をただ追うだけの日々はとても虚しく、けれどとても輝いていたような気もしていた。
それは、恋とも後悔とも呼べず、青くもなれなかった過去の話である。
仁科くんはSNSをやっていなかったので、高校に入ってからというもの、彼がどこで何をしているか、私はずっと知らなかった。
私は高校生になっても、中学の頃と変わらないメンバーで〝普通〟の日々をこなしていた。
そんな大した人間でもないくせに一丁前に人に意見したり、クラスの端っこで派手なグループに怯えて息をするクラスメイトを見て、そっち側じゃなくてよかったと、安心したり。ユウナたちと一緒にいるのは疲れるけど、楽しいときもあるから、それでいいと思っていた。これが私の在り方で、正解だと、そう思うことで精一杯だった。
仁科くんに抱いていた好意のことなど、数か月もすれば次第に薄れていった。
高校二年生の時だ。街で偶然彼を見かけたことで、私が一年以上抱えていた淡い気持ちは途端に姿を変えた。
仁科くんの隣に、私とはまるで真逆の、彼女と思われる女の子がいた。名前のつかない感情がふつふつと沸き上がり、私はその場に立ち尽くした。
『庄司さんって、勿体ない生き方してる』
あの日、突然えらそうに説教したくせに、自分は彼女をつくって、新しい環境で楽しそうに生きてるなんてずるいじゃないか。
私のように変われないままの人間を見下して、心の中で笑ってるのではないか、と、そんな感情が押し寄せて、舌打ちがこぼれる。
百円のイヤフォンを買うみたいに妥協しまくった人生を、私は今もまだ、ひとつも変われないまま生きている。
私より上手に生きている人も、人目を気にせず我が道を生きていける人も、変わらないままの私も、皆死ねばいい。
傲慢で最悪な私の願望は、蒸発しないまま私の中に潜んでいる。