学校という仕組みを最初に生み出したのは誰なんだろう。その人がもし今も生きてたら絶対わたしがぶっ殺してやったのになあ、とか。
わたしの一日は、そんな物騒なことを懲りずに思っちゃうとこから始まる。
「ねーねー、小テスト勉強してきた?」
「いや全然。無理くり覚えるより堂々と再テスト受けたほうが効率的かなって」
「だははっ、屁理屈すぎ!」
「thoughtだけ覚えた。思考ね」
「thの発音うますぎだろ」
「先生の真似。あの人thだけやたらこだわるじゃん」
SHRが始まる五分前。
わたしはスマホを鞄にしまい、覚える気なんてないくせに形だけでも、と英単語の参考書を机の上に広げた。
毎週月曜日の朝は英語の小テストがあって、この時間はクラスメイトの大半が駆け込みで単語を覚える光景が基本。十点中六点以上が合格で、それ以下だったものは昼休みに再テストを受けなければならないというルールだけど、再テストが不合格だったとて評定に少しばかり影響するだけ。
初めの頃は真面目に取り組んでいた生徒たちも、だんだん月朝(月曜日の朝をなぜかうちの学校の生徒はこう略す)の億劫さに気がついて、一部の生徒は平気で零点を取ったりするようになるのだ。
堂々と再テストを受けたほうが効率的、というのは、わたしもとてもよくわかる。
「はいはい皆さん、テストしますよ~」
そのうち担任が入って来て、B6サイズのテスト用紙が配られた。答案用紙にしては結構こぢんまりとしていて、せめてA4だったらもうちょっとテスト感出るんだけどな、とあまり周りに伝わらなさそうな不満を抱えたままわたしは月朝を終える。
隣同士で答案を交換してすぐに答え合わせ。
わたしの結果、十点中七点。今週も再テストは免れた。
その日、テストの中でthoughtと答える問題はひとつもなかった。
昼休みになると、クラスメイトの半分が部活の昼練に行ったり食堂に昼食を食べに行ったりするので、教室は密度が下がる。
今日は月曜日なので、英語の再テストに向かう人もちらほら。塞がれていた空間に風が通る時間。すうっと息を吸うと、息苦しさが少しだけ消えていった。
昼食にお弁当を持参しているけれど、今日は家を出てすぐにお母さんから「お箸いれわすれちゃった」とメッセージが届いていたので、購買まで割り箸を買いに行かなければならない。
教科書をしまうついでに鞄の中からスマホと財布を取り出し、わたしは教室を出た。
購買に向かいながら、慣れた動作でSNSを開く。
古乃 @furuno**chan 5時間前
今日は学校終わったら彼氏くんと映画!
ひさびさのデートだから顔面気合いれた(,,> <,,)♡
そのツイートには、いいねが五十三件、リプライが三件ついていた。文字だけのツイートにこの反応はまあまあ良いほうだと思う。
↳Haruka @ha**ru**20 4時間前
前にのせてたすきぴくんだよね!?
デート楽しんで~!
↳お茶漬け @oishii*gohan*dayo 1時間前
学校まじえらい、、、
↳ゆうな @yuuna1103sub* 36分前
彼氏くんの写真また見たい!^-^
いいね欄を表示すると見慣れたアカウント名がたくさんあって、わたしはほっとした。
届いたリプライを見て、Harukaさんは「デート」とか「彼氏くん」とか呟くと反応しがちだよなあとか、お茶漬けさんはたくさん褒めてくれるなあとか、ゆうなさんはいつもいいねしてくれるなあとか。
本名も顔もしらない人たちの反応で得られる安堵が、わたしにとっては心地よい。
「……あ、お箸、ください」
「五円いただきますけどいいですか」
「はい、すみませんありがとうございます」
購買につき、いつもいるおばちゃんに錆びれた五円玉を渡す。
忘れっぽいお母さんのせいで月に何度か割り箸だけを買いにきているけれど、このおばちゃんは多分、わたしの顔なんて覚えていないんだと思う。覚えてくれていたら、割り箸に五円かかることをわざわざ教えてくれたりしないだろうから。
割り箸を受け取り、おばちゃんに小さく頭を下げてわたしは来た道を戻った。