仁科が消えてから二週間が経った。

たった二週間、されど二週間。
情報番組で扱うニュースは日々入れ替わっていき、仁科の名前を聞くこともなくなっていた。


覚えが悪かった鈴木さんはバイトを辞めた。彼女と入れ替わるように新しく入ってきたのは、白石(しらいし)くんという、物腰が柔らかくて爽やかな男の子だった。出勤はまだ数える程度だが、覚えが早いので、周りからの評価が高かった。「指導した関くんも悪いでしょ」とかなんとか裏で言われたらやだなと思っていたので、白石くんがちゃんとできる人で、俺は正直ホッとしていた。


「白石くん、関くんにちゃんと教えてもらえてる?」


出勤してすぐのことだ。「関くん名札忘れてるよ」と店長に言われ、慌てて休憩室に名札をとりに戻ると、ドアを開けようとしたタイミングでそんな声が聞こえ、俺は咄嗟に動きを止めた。


「はい」
「本当はね、仁科くんっていうすごい仕事できる子がいたのよ。新しい子の指導は全部彼がやってたんだけど、突然やめちゃって」
「はあ、そうなんですか」
「関くんじゃちょっと不安っていうかねぇ……ほらあの子、うちの娘と同じ中学校だったんだけど、昔かなりヤンチャしてたっていう話でね」



ババアの退勤と白石くんの出勤が被ったせいか、ババアのマシンガントークに曖昧に相槌を打っている。

噂話ならもっと小さい声でやれよ、なんて思いながらも、自分がいないところで話題にされるのは良い気がしなかった。



バイト歴一年にしてようやく判明した。パートのババアが俺にだけやたら厳しくてねちっこいのは、俺の中学時代の素行を知っていたからみたいだ。

ババアの記憶のなかで俺は、迷惑をかけることでしか自分を見てもらえなかったあの頃のままで止まっている。

それってつまり、俺は変われていない、ということで。



「それに関くん、仁科くんに対しても結構態度悪くてね。嫉妬って怖いわよねぇ、今時恋愛だけに言えることじゃないのよ? 関くん、きっと本当は仁科くんみたいになりたかったんだと思うわ」
「はあ、そうなんすか」
「うんうん、きっとそうよ。でも可哀想よね、関くんと仁科くんじゃ全然違うのに。なんかねえ、なんていうのかしら。関くんってちょっと恩着せがましいところとかない?」
「はあ、どうすかねえ」




ああ、くそだ、本当。
全部全部、仁科のせいだ。



おまえがいなくなったせいでお前の仕事は全部俺に回って来たし、店長の頼みは増えたし、お前と比べられて評価されるようになったし、自分の陰口まで聞く羽目になった。

可哀想とか、ババアに勝手に決められるようなことじゃないのに。



「仁科くんが今もいてくれたらよかったんだけど」
「はあ」
「SNSとかでも流れてたりしない? ほら、彼が自殺したかもってやつ。結局どうなったのかわからないんだけど、やっぱりまだ見つかってないってことは死んじゃったってことなのかしら」



ここにいない仁科にむかついたところで何の解決にならないこともわかっているのに、苛立ちがおさまらない。



あーあ、ホント、嫌になる。長く続いても高校の卒業と同時に辞める予定だったわけだし、だったら今辞めても──……そうだ、今日辞めるか。


それから俺は、ドアを開けずにホールに戻り、店長には「名札家に忘れましたすいません」と雑な嘘で謝った。