「あ、(セキ)くんちょっと」


前までなら二十時には帰れたのに、もう二十二時すぎ。吐きそうなくらい疲れた。

なのに、だ。タイムカードを切ってすぐに着替えを終え、早々に店を出ようとした俺を店長が呼び止めた。用事があるならタイムカード切る前に言えよ、なんて思いながら、「なんすか」と雑に返事をして振り返る。

店長は話が長いから、今から十分、俺はタダ働きをすることになるのだろう。最悪だ。


「今日みたいに混んでる日は関くんがもっと指示出してくれないと。鈴木さんはまだレジ危ういでしょ? そこらへんもっと周り見てフォローしてあげてほしいんだよねぇ」
「はあ、でも鈴木さんってもう入って二か月くらい経ちません? レジいい加減覚えてもらわないとじゃないですか?」
「今時強く言って辞められてもこっちに非がでるからさぁ……。それは避けたいっていうかさ、ね。わかるでしょ?」


わかるでしょ? ってなんだ。それがあたりまえみたいに苦笑いを浮かべて言う店長に睨みをきかせるも「まあまあ、気持ちはもちろんわかるよ」と言われるだけで効果なし。心のこもってない謝罪をされ、苛立ちが募った。


自宅から徒歩圏内にあるファミレスをバイト先に選んだのは、単純に家から近いからである。
この店の料理で何が好きとか、飲食店で働いてみたかったとか、そういう動機は一切なくて、高校生を雇ってくれて、家から近くて、時給がそこそこ良ければどこでも良かったのだ。それがたまたまこの店だったというだけで。


働き始めたのは高校二年生の時なので、早一年が経つ。

仕事がつらいのか店長がムカつくのかパートのババアがうるさいのか、原因は詳しく知らないけれど、この店のアルバイトはすぐに辞める傾向があった。
半年いたら上等。つまり一年いる俺は、結構やる男ってわけだ。


二か月前に新しく入って来た鈴木さん。歳は俺の一つ下で、よく言えば大人しくて優しそう、悪く言えばちょっととろくて使えなさそうな女子高生。

入って一か月もすればだいたい覚えられることをまだ覚えていないので、正直一緒に仕事をするのは少し億劫だった。


やめられたら困るからってなんだよ。

俺が入りたての頃は、お辞儀の角度がどうとか、接客の愛想が悪いとか、そもそも目つきが悪いだとか、そんな細かいところまでパートのババアに注意されていた。

あれもこれも文句ばかり言われるものだから、辞めてやろうかと何度も思ったけれど、それでも辞めなかったのは俺の根が真面目だからなのか? 



今となっては過去のことに過ぎないが、とは言え女の子だから無条件で優しくされるってそんなんずるくねえ? とか思ってしまうわけで、俺は店長に見せつけるようにため息を吐いた。

元はと言えば鈴木さんが問題視されていることなのに、なんで俺が個別に注意されなきゃいけないんだよ。


自分で言えないからってバイトの俺に頼む店長も、こういう時こそ出番なはずなのに、ぎっくり腰になったとかで休養しているパートのババアも、仕事ができない鈴木さんも、全部むかついて仕方ない。


給料が発生しない十分で話される内容がこれだと、やっぱり世の中理不尽でできてるんだよなぁ、と嫌でもわからされてしまうのだ。


「ああ、あと新しい子もひとり採ったんだよね。関くんに指導お願いしようと思ってるから、よろしく」
「えー……はあ、わかりました」
「じゃ、お疲れ様」


なんで今更俺なんだ。

俺は、できるだけ責任なんて負わずに、ラクに、適当に、そこそこ生きていたかったのに。



「仁科くんいなくなっちゃったから。頼れるの関くんしかいないんだよ」



ああもう。どれもこれもあいつが──仁科翼が、突然辞めたせいだ。