「あたし、あやちゃんに失礼なこと言ったかなぁ」


友人のユウナが、机に肘を立て、枝毛をちぎりながらぼやいている。背もたれに体重を預けたあたしは、スマホをいじりながら横目で彼女を見下ろした。

机の上に寝かせたスマホには彼女の好きなバンドのステッカーがべたべたと貼ってあり、その中に一枚、私とユウナ、それから幼馴染である絢莉の三人で、ついさきほど撮ったばかりのプリクラが挟まれている。
真ん中に絢莉がいて、ユウナが笑顔を浮かべて彼女に抱き着いている。あたしはどうしても恥ずかしさが勝ってユウナのように抱き着くことはできず、絢莉の隣で控えめにピースをしていて、その顔は下手くそに笑っていた。


「ねえモモちゃん、聞いてる?」
「あー、うん。聞いてる聞いてる」
「じゃああたしが今言ったこと言ってみてよ」
「うわぁ、なにそれだる」


日曜日、夕暮れ時。ユウナが好きだというバンドのフリーライブに参加した帰り道。絢莉と別れた後に寄ったファストフード店で、あたしとユウナはひとつのポテトを分け合っていた。
プリクラから視線を移し、冗談めかしてそう言えば、「モモちゃんひどすぎ!」とユウナが嘆く。彼女は百面相だ。感情をそのまま表現できる彼女のことは、時々羨ましく感じていた。


「『あたし、あやちゃんに失礼なこと言ったかなぁ』」
「え、ちゃんと聞いてくれてるんだけど!」
「だから言ったじゃん、聞いてるって」

ユウナの発言は、話しかけているのか独り言なのかわからない時がある。
昔から、独り言だと思って聞き流していたら返答待ちだったことが何度もあったので、返事をするかしないかはさておき、彼女の言葉には耳を貸すようにしていた。一緒にいるうちに癖になったそれは、良いのか悪いのかわからないけれど。


「仁科くんが死んだかもとかさー……」
「うん」
「無神経だったかもって、今なら反省できるんだけどな。あやちゃんに嫌な思いさせてたかなぁ。でもさ、あやちゃんが仁科くんと関わりあったなんて知らなかったわけじゃん? だからなんていうか……えー、なんていうんだろう」


ポテトをかじりながらユウナが言う。反省と少しの葛藤を含む声色に、あたしは「なんていうんだろうねぇ」と相槌を打つ。
系統も性格も全然違うあたしたち。長年一緒にいるわりに、お互いに全部をさらけ出せる関係じゃないことが、時々怖くなる。
中学の時からずっと一緒にいるのは、地元が同じだからだ。三人のうちだれかひとりでも町を出たら、きっとあたしたちが集まることはないのだと思う。


つい先日、同じ中学校に通っていた仁科翼が消えたというニュースを見た。行方不明と報道されてはいたものの、どうやらネットやワイドショーでは自殺の可能性が高いという話になっているらしい。

連日あたしたちの地元では警察が事情聴取を行っていて、クラスメイトの中にも話を聞かれた生徒がいるみたいだ。てっきり、警察は仁科くんの交友関係を事前に調べて、かかわりが深そうな人物をピックアップして聞き込みをしているものだとばかり思っていたから、全然関係のないクラスメイトが事情聴取を受けた人がいると知り、要らない情報ばかりが飛びかって噂が広まるのってそういうのが原因なんじゃないの? と何故かあたしが苛ついてしまった。

噂というのは、形の見えない害だ。いつどこで広まるかわからない。規模が大きければ大きいほど、それらを否定することはできなくなって、まるでそれが真実かのように扱われる。自分が噂をたてられる側になった時のことを考えると、あたしは怖くてたまらない。


「あやちゃん、今頃新くんと何話してるんだろ」
「……さあ。でも、うちらじゃ簡単に踏み込めないことだよ、多分」
「わかってるよぉ。わかってるからモヤモヤするんじゃん……」


あたしたちがファストフード店に来る数分前。仁科くんの双子の弟、仁科新くんと数年ぶりに再会した。彼は絢莉に用があったようで、あたしたちには目もくれず、絢莉のことをまっすぐ見つめていた。
仁科くんがつけていた日記に絢莉の名前があった。あたしとユウナが聞いたのはそこまでで、というよりはそれ以上聞くのは絢莉に申し訳なくて、あたしたちはその場を撤退してここに来た、というわけである。


「あたしなんかじゃ力なれるわけないっていうか。こういうとき、どちらかというとモモちゃんのほうが頼られがちじゃん」
「……べつにそんなことないと思う」
「そんなことあるよ。あたしがあやちゃんでも、あたしみたいな適当人間に相談しようなんて思わないもん」
「うーん……」
「いいなぁ。あたしもふたりの幼馴染になりたかった」


写真といえど、何も考えずに絢莉に抱き着けるユウナのほうがあたしは羨ましい。
あたしはいつだって絢莉との距離が近ければ近いほど鼓動が早くなるし、「あたしたちは女同士の友達だから」と無理やり脳に覚えさせることに必死だ。

触れたら、長年あたしだけが抱えている気持ちが簡単にあふれてしまいそうだから。
幼馴染でいたとて、好きになってもらえないなら意味がない。


───なんてそんなこと言えるはずもなく、しなったポテトと一緒にあたしは本音を呑み込んだ。