金曜ロードショーで、日本中が共感し、泣いたと当時爆発的に話題になっていた映画がやるらしい。

ふたつ上の姉は、風呂からあがった足で冷凍庫からアイスを取り出し、それを咥えるとソファを陣取った。先に座っていたのは僕なのに、そんなことはおかまいなしにど真ん中に座る姉の心情が知りたい。毎度のことなので、僕は何も言わずソファの端に座りなおした。

姉が、まだ濡れた髪をバスタオルで雑に搔きながらテレビの音量を三あげる。「あと二分だったあぶな!」と、彼女のでかいひとりごとには触れず、僕は麦茶を啜った。


「ねえお母さん、これって録画してないんだっけ」
「してないよ。お父さんが見たいって言ってたほう録ってるから」
「お父さん見たいのってなにさ」
「ラグビーよ、いつもの。フランス戦は見逃せないんだってさ」
「なにそれー……他に誰が見るわけ? 相手がフランスだからなんだってのよ」


父はまだ帰ってきていなかった。通常であればだいたいこの時間は帰宅しているけれど、最近は上司がひとり休職したらしく、引き継ぎ業務などが立て込んでいて残業が続いているそうだ。
僕もこのまま普通に生きていったら、何年後かに父のように残業に追われているのかと思うとぞっとする。


「あーもう。容量の無駄遣いじゃん」


姉の低い声がこぼれる。父自身、仕事の有無に関わらず、自分以外にラグビーに興味がある人がいないから、録画したものを休日に一人で見るようにしてくれているというのに、それでもなお容量の無駄遣いだなんて言われるのは少々可哀想だと思う。とはいえ思うだけで、べつに僕が姉にどうこう言うわけでもないのだが。
姉ほどの嫌悪はないけれど、僕も同じで、ラグビーなんて全然わからないし、つまらないだろうから見ようなんて気持ちになったことはない。
そしてそれは、これからもきっと同じだ。
「あ、始まった。静かにしてよ千春(ちはる)
「いちばん喋ってんのは姉ちゃんだと思うんだけど」
「あーはいはいうるさいうるさい、黙れ、しゃべるな」
「なんなの……」


シッシッと手を払う姉を見て、恋人の前じゃ絶対そんなことしないし言わないくせに、と、そんなことを思いながら、僕は姉に敢えて聞こえるようにため息を吐いた。

不仲ではないが、特別仲良くもない。ただ、血が繋がっているから、恋人や友達に見せない部分を少しばかり知っているだけだ。


映画は、ふたりの高校生が自分探しの旅に出るという青春ものだった。言ってしまえばありきたりな展開で、「みんなここで泣くでしょ?」といった作者の思惑が垣間見えて正直あまり楽しめなかった。
映画を見ている間、ふと隣に視線を向けると姉は泣いていた。男女の感覚の違いもあるのかもしれないが、とはいえ姉ちゃんそれじゃ作者の思惑通りだよ、と思った。

それから後の時間はこの映画におけるヒットの理由について考えていたものの、映画が終わる頃には睡魔が顔を出していて、考えたはずのヒットの理由は疎か、後半のエピソードすらもうほとんど思い出せなかった。
映画が終わると、「あーまじ泣いたぁ……」と姉はしみじみ呟きながら部屋へと戻っていった。感想を共有し合う仲ではない。それを僕等はお互いにわかっている。


「千春も金曜だからって調子に乗って朝までゲームするとかやめなさいね。明日お昼からバイトなんでしょ」
「うんー」
「お母さんももう寝るから。お父さん帰ってくるまでチェーン締めちゃだめだよ」
「あいー」


ソファに座ったままくぁ……と欠伸をする僕に、母がそう声を掛ける。母の小言はうるさいけれど、生活に支障が出るほどじゃない。スマホをいじりながら適当に返事をすると、「聞いてないんだから……」と呆れたような独り言が聞こえた。それからすぐ、母も寝室へ行ってしまった。


「続いてのニュースです。B市に住む男子高校生、仁科翼くんの行方がわからなくなっていると、翼くんの母親から警察に通報がありました」


部屋に戻ってゲームでもしようかとソファを立ち上がった時、ふと、そんなニュースが耳に届いた。
次の番組までの繋ぎで放送されるニュースなんてこれまでまともに見たことはなかった。普段は天気予報ですら翌朝には忘れて、母に「今日帰る頃には雨だけど傘持ったの?」と教えてもらうことが圧倒的に多い。そんな僕でもつい意識的に耳を傾けてしまう理由が、ちゃんとあったのだ。



誰もいなくなったリビングに、アナウンサーの無機質な声が響いている。
B市、それは人口二万人の小さな街であり、僕の住む場所でもあった。特別なにか観光できる場所があるわけでも有名人の出身地でもないので、全国ニュースになることなんて滅多にない。

県内の進学校に通う男子生徒───仁科翼の行方がわからなくなっているらしい。

全国ニュースにされるほどのことが、僕の地元で起こっている。テレビには制服を着た綺麗な顔立ちの男子高校生の写真が映っていて、それは何処か、なつかしさを連れていた。


「現在も捜査が続いており、警察は情報提供を呼びかけています。続いてのニュースです。全国各地の餃子が楽しめるイベントが───」


地元の男子高校生が行方不明になっていることと、餃子フェスが盛り上がっていたことが隣り合わせで発信されるような世界線で、僕は生きているらしい。