長い1週間が終わって、私達は文化祭を迎えた。
ずっと憂鬱な気持ちでいたからか、この1週間体調が優れていなかった。風邪ではないけれど、体が重く感じる。恐らく気持ちの問題だろう。
あの日以降、私はクラスから疎外された。
高嶺君と目が合っても、逸らされるばかり。
みんなが準備をしている中で、私は自分の存在を消し、教室の隅に身を潜めた。
男子は関わると面倒くさそうだからという理由で話しかけてこない。
女子は、愛莉が言っていた“好きな人を取る”という言葉を気にしているのか、私を怖がっている様子だった。
私が好きなのは、高嶺君だけだというのに。
無視をしてくるくせに、私が隅でぼーっとしていると、なぜ手伝わないのかと怒る人達。
さらには、先生に告げ口をした人もいたみたいだった。
あの事件の次の日の準備の時に、私は先生から呼ばれ、なぜサボっているのかと問いただされた。
たくさんのため息を目の前でつかれ、挙句には、「鈴岡には幻滅したぞ」と言われてしまった。ただ謝る事しか出来なかった私を置いて、職員室に帰っていった先生。
今までは、周りしか気にしていなかった私が、幻滅という言葉を言われても、なんとも思わないくらい、私の心は閉ざされていた。
1人取り残された私に向けられた、笑いの声。
「鈴岡が怒られる姿って新鮮だよな」
「幻滅だってさ、かわいそー」
思ってもないくせに、可哀想なんて言葉を使うな。可哀想っていうのは、心のどこかで自分じゃなくてよかったという思いがあるのだから。
人の言葉は凄い。その人の本当の思いを知ることが出来るから。
それに気付いてしまう私の性格上、この世界に私は合っていないのかもしれない。
私はみんなから嫌われた。
手のひらを返したような態度を取るみんなを前に、私はもう人を信じる事が出来なくなってしまった。
中学時代には疎遠になった幼なじみ。
高一の時にできた友達には奴隷扱いされていたという事。
今はみんなから嫌われているという事。
よく、不幸の後は必ず幸せがくるというけれど、私の心にはそんな言葉に信憑性など存在しなかった。だって、私にはまだ幸せが来ていないのだから。
こういう幸せが来る回数も、生まれつき決まっているものだと私は思う。
誰しもが、あの子は自分より幸せそうだと、自分を卑下してしまう事がある。
それが事実だと考えると、その幸せの数は人によって決まっているのだと考えてしまう。
私はそれが少ない方の人間だったという事。
私と同様、1人になった久美は、1人で黙々と装飾している。装飾係の子達は彼女に話しかけない、ただ1人を除いては。
私はもともとまとめ役だったから、みんなを引っ張っていけばいいけれど、もう私は誰からも必要とされていない。
今は高嶺君がみんなを引っ張っているというのが事実である。
彼はもともと目立つ事は嫌いだったから、静かに過ごしていたけれど、私が嫌われてからは彼が代わりにやってくれている。
彼は私を助けるとかは考えていないだろうけれど。
「料理係!現状報告!」
彼が資料を持ちながら、眼鏡をかけて指示を出している。
そんな姿がとてもかっこよかった。
他の女子達も、最近の彼の変化に気付いたらしく、かっこいいとか付き合いたいとか呟いていた。
今回カフェという題だが、私達は装飾係、料理係、宣伝係、ウェイター係などがある。
その中で1番難しいのが料理係。
これは文化祭当日だけ頑張ればいいというだけでなく、もとから料理が出来る人を集めなければならなかったからだ。
お客様に出すということは、美味しくないものを出すわけにはいかないから。
それでもなんとか私が集め、頑張ってくれていたのだ。私はそんな彼女達の努力を、見捨ててしまったという事実を認めたくなかった。
「大丈夫そうよ」
オムライスやパンケーキなど、多くの種類の料理法を勉強してくれたみたいだ。
感謝の気持ちだけでも、伝えたかったというのが本音だった。
「あと少しで学校に客が入ってくる」
みんなが、彼の言葉に耳を傾けている。私が話していた時とは大違いのクラスの雰囲気に、度肝を抜かれた。
彼の言葉には、真実しかないからこそ、頑張ろうと思える。意気込みをもらえる。
もう私だけが知っている彼じゃなくなっていってるのが嫌だった。
「俺達は出来る限りの事をやった、良い思い出に出来るように、全力を尽くそう」
彼がみんなに向けて放ったメッセージ。
彼が言い終えた瞬間、クラス中が歓声に包まれる。私と久美以外のみんなが、笑顔だった。
それぞれの仕事に就けと、彼がみんなに大きな声でそう言った。
仕事のない私は、楽しそうなみんなの中にいたくないと思い、幸せに溢れた教室を後にした。
ドアのところで少し振り返った私は、みんなの注目の的となった彼と、目が合った気がした。今度は、私から目を先に逸らした。

「るーるらーらーる」
私は好きな曲のサビ部分を鼻歌で歌う。
廊下の壁を指でなぞり、ゆっくりと足を前に出して進んでいく。
私は1人抜け出し、東棟の階段に身を潜めた。
私なんかが抜けても、誰も気付かないだろうし、ましてや空気が明るくなるんだろうなと、期待に満ち溢れている教室を思い浮かべる。
私は頬杖をつき、唇を噛み締める。
湧き上がってくるたくさんの負の感情が、私の体を、心を、支配していく。
この1週間で、こんなにも変わってしまった世界が、私はまだ夢としか思えなかった。
それくらい、私にとって非現実的な出来事だったのだから。
みんなから嫌われるなんて、思ってもみなかった。
今回の出来事を体験して、人間という存在が怖くて仕方なかった。
人は自分のためにしか生きられない。どんなに優しい人でも、心のどこかでは必ず見えない闇がある。
よくよく考えてみれば、私はもともと好かれていなかったのかもしれない。優等生という殻を身につけている私は、みんなから良いような駒としか見えていなかったのだと。
みんなが話しかけてくるのは、なにか頼み事をされる時だけだったという事が、今になって気付いてしまった。
客観視すれば、自分がどのような局面にいるのかということが分かるというのに、私はその時の幸福で満足してしまっていた。だから、視野がとてつもなく狭くなっていたのだ。
どんな事にも終わりがくる。
それは悲しい事だけれど、次に進む1歩だと私は思う。出会い、別れ、そしてまた出会いがある。そうやって人間は生きていくのだ。
春が来て、桜が散り、夏がくる。
秋の肌寒い風が吹き、雪が降る。
そして雪が熔けて、春が訪れる。
日本という世界は、本当に綺麗だなと思う。
季節を感じ、また新たな世界を旅する。
知らない自分と出会い、友と喜び、悲しみ、称え合う。
こんなにも素晴らしい世界を生きることが出来ている私達は、とても幸せなのだと感じる。
当たり前というものは、身近だからこそ、その大切さや美しさを見失ってしまう。
どんなに美しいものがあったとしても、それが当たり前に存在するなら、それは誰の目にも止まらない。そのような小さな幸せにどのくらい早く気付けるかが大切なのだと思う。
時間は有限なのだから。
気が付けば、私の涙が瞼に溢れそうになっていた。目頭がじんと熱くなる。
私は優しく涙を拭い、体を小さく縮こめる。
太陽の光が、横にある小さな窓から入り込んできた。
この場所は、今の私にとっての、憩いの場となっている。
時刻は10時13分。もうすでに、生徒の親や近所の人が入ってきているだろう。
私は小さなため息をこぼす。誰も来ない静かなこの場所で、儚く消えていった。
私は重い体をゆっくりと持ち上げる。
大きく伸びをすると、久しぶりに動いて悲鳴をあげているかのように骨の音が小さく鳴った。
私は息をはいて、西棟へと戻ることを決意した。途中で投げ出す事が、1番嫌だったから。

教室を覗くと、そこにはたくさんの人が来ていた。他校の生徒だったり、在校生であったり、はたまたご老人であったりなど、そこには笑顔が満ちていた。
辺りを見回していると、そこにはウェイター姿の高嶺君が料理を運んでいた。おそらく、あまりの人の多さに、ウェイターが足りず、優しい彼だから、まとめ役且つ忙しいウェイターも引き受けたのだろう。
普段は制服姿だし、夏休みに海に行った時のはラフな私服だったから、あんな彼を見るのは初めてだった。
かっこいいなと、見惚れてしまう。
さっきまで曇っていた私の心に、太陽が現れたかのような気持ちになった。
私は無意識のうちに彼の元へ向かっていた。
拒絶される恐怖は、なかった。
「高嶺君」
彼は目を見開き、すぐに眉間にしわをよせた。
「なんだよ」
「私にも、手伝える事はないかな」
汗を袖で拭った彼は、私にこう言った。
「そんぐらい自分で考えろ、今、誰がどこで鈴岡を必要としているのか」
辛辣な言葉だったけれど、嫌な気分だとは思わなかった。そして、久しぶりに名前を呼ばれた事が、何よりも嬉しかった。
「私を必要としている場所…」
彼の綺麗な瞳が、なんの迷いのない瞳が、私だけを見つめていた。
私は探偵のように、高嶺君が言っている言葉の意味を閃かせる。
「料理係の人達、手伝ってくる!」
彼だけが知っている、私の得意分野。
彼には昔、ほんの少しだけ話した事がある。
家に帰っても家事をしなければならないから、勉強する時間がないということを。
それを、覚えていてくれたんだと私は思った。
「ああ」
お互いが、前のように自然と話せていた。
それでもやっぱり、彼と私には、大きな溝が出来ていたのも事実だった。
「なにか、私に出来ることある?!」
裏側に急いで駆けつけ、私はみんなに問う。
「え…美桜ちゃん?」
今まで空気となっていた私が急に現れたのだから、誰でも驚くだろう。
案の定1人の料理係の子がびっくりしていて、口が閉じなくなっていた。
彼女は我に返って、私にこう言った。
「実は、1人火傷しちゃった子がいて、人手が足りてないの」
彼女は手際よく料理をしながら、私と話している。
「そっか、ごめんなさい」
「どうして?」
「私は途中でみんなを見捨ててしまった、頑張ろうって決めてたのに、私はまた逃げてしまったから」
こんな事、彼女に言っても困らせるだけなのは分かっていた。それでも、この気持ちを誰かにぶつけなきゃ、私の心がもたなかった。
「私はね」
彼女は料理を作り終え、他の生徒にお品物を渡した。
「いつも、自分の気持ちを言うことが出来なかったんだ。全部言ってしまったら、相手を傷付けてしまうって知っちゃったから」
彼女が語る言葉は、まるで私の鏡のようだった。過去の私と境遇が似ていたから。
私は過去に自分のありのままの気持ちを伝え、傷付けてしまい、みんなを救う存在になるために努力した側の人間。
彼女もまた、過去に誰かを傷つけてしまったのだろう。それでも私とは逆に、誰かを傷付けるくらいなら、発言を控えようと心の窓に鍵をかけた側の人間。
似たような過去を持っていても、その時の選択によって、人はこんなにも未来が変わってしまうのだということが、身に染みて感じる。
たった一つの行動が、自分達の将来を簡単に変えてしまうのだ。
それは、良い方向に行くかも、悪い方向に行くかも分からない。
最終的なゴールを幸せにするために、私達は日々選択して生きているのだと思う。
その選択によっては、別れがあり、そして出会いがある。
この世界には多くの人がいる。その中で同じ国に生まれ、同じ環境化で成長して、出会い、友達になる。それ以上を求めるなら、恋人だ。
恋人は、お互いが好きにならなければ結ばれることのない。たくさんの人がいる中で、お互いが相手を想うというのは、奇跡に近いだろう。
私は、彼女の言葉に相槌を打ち、ただ静かに見守った。
「だからね、私はいつも美桜ちゃんが羨ましかったんだよ。みんなから必要とされてて、私とは真逆だったから」
「うん」
「でも先週、美桜ちゃんはみんなから悪い目で見られるようになったよね。あ、悪く言ってるわけじゃないよ?」
「うん、分かってるよ」
「だから、私と同じなんだってちょっとほっとしてたのも事実なの、ごめんね。」
私は小さく頷いた。人は、自分の弱い部分と同じ人間を探し求める。
私達は違うけれど、みんな同じ。
説明するのは難しいけれど、言いたいことは、自分を守れるのは自分しかいないのだということ。
みんな、自分が周りとは違うという現実が怖かったり、恥ずかしかったりすると思う。
それでも、その人の人生はその人だけのものだ。周りがとやかく言おうとも、生き続けなけばならない。どんな場面に打ちのめされようとも。
「私はね、あの時、声を上げるべきだったって後悔してる」
彼女は悲しみの表情を浮かばせる。
私からしたら、そう思ってくれている人がいたという事だけで嬉しかった。
「みんな美桜ちゃんの事悪く言ったとしても、私は美桜ちゃんを信じるよ」
今まで友達を助けてた人が、あんな事するはずないもん、と彼女は満面の笑みでそう言った。
また、目頭がじんと熱くなった。
あの日、久美のぶつからなければ、得られる事の出来なかったものだった。
どんなに辛くても、その先ではまた新しい出会いがあることを信じて生きていく。
私は俯き、徐々に増えていく涙を軽く拭いた。
「あり、がとう」
私は鼻水をずずっと啜って、彼女に感謝の意を表した。
「よし!じゃあオムライス作って!」
彼女はそう言って腕を捲り、調理にとりかかった。
オムライスは私の好物でもあるから良く家でも作っている。私にはもってこいの料理だった。
玉ねぎとピーマンをみじん切りにして、ソーセージを1口サイズに切っていく。
中火で熱したフライパンにバターを溶かし、先程切った玉ねぎ、ピーマン、ソーセージを入れていく。玉ねぎがしんなりしてきたらお米を入れ、ケチャップと共に混ぜる。これでケチャップライスの完成だ。
つぎに、ボウルに卵を入れ、かき混ぜる。
程よくかき混ぜたら熱したフライパンにサラダ油をかけ、卵を入れる。半熟状になったら火を止めて、最初に作ったケチャップライスをお皿に盛り付け、上に卵を被せる。
そして最後にケチャップをかけたら、完成だ。
我ながら上手くできて胸を撫で下ろす。
私はそれをウェイター係に渡さず、自らお客さんに運ぼうと考え、表へと出る。
そこには、見慣れた女性とクラスメイトが話していた。周りの雰囲気とは違う、少しだけ重苦しい空気が漂っていた。私は2人の元へ駆けつけ、話しかけた。
「お母さんと高嶺君、知り合いなの?」
「え?あ、美桜じゃない」
お母さんは明らかに焦った表情を顕にした。
これは教えてくれないなと思い、高嶺君に視線を向ける。彼もまた、私と目を逸らした。
私はもう一度2人に問いただす。
「2人、知り合いなの?」
お母さんがギクッと体を強ばらせた。
「いや、違う」
彼が即答した。それが逆に怪しかったけれど、私はなにも言わなかった。
「今コーヒーを頼んだだけよ」
お母さんは冷静を取り戻し、注文しただけだと話した。争い事をもう招きたくなかったから、私はそうなんだと表上納得してあげた。
「そういえば、美桜は料理担当なの?」
「え?ああうん、そんなとこ」
私は彼の方に目線を向けず、今まで何も無かったかのように、お母さんに話していく。
「美桜はしっかりしてるから、まとめ役でもやってるのかと思ってたわ」
実際、最初はそうだったのだけれど。
心の中でそう発言するも、口には出せなかった。なら今は?と思われるから。
「あはは」
私は軽く苦笑いをし、オムライスを届けるためその場を後にした。
「おまたせしました」
私が届けたお客さんは、ご老人の夫婦だった。
私はそれを机に置いて、裏側に戻った。
一通りの山場を超え、私達は安堵の息をもらした。
意外にも繁盛して、大忙しだったお昼時は、まるで台風のように過ぎ去っていった。
「おつかれ、美桜ちゃん」
「お疲れ様、高木さん」
「莉乃でいいよ、私も美桜って呼んでいい?」
彼女は額の汗を拭きながらそう訊ねてきた。
「もちろん、よろしくね莉乃」
私達は一緒に笑い合い、お疲れ様を込めたハイタッチを交わした。


3時に文化祭を終え、私達は5時から始まる後夜祭に向けて片付けをするところだった。
教室に入るのが怖い。
莉乃という新しい友達が出来たけれど、また久美のように裏切られたらどうしようと考えてしまう。本当は、裏では妬んでいるのではないかと。
私は頭を振り、頭の中で浮かんだ言葉を取り消した。どんな結果が待っていようとも、私は莉乃を信じると決めたのだから。頭では分かっていても、心が今までの体験によってそれを肯定してくれなかった。
私は震えた手を教室の扉を開けた。
みんなの視線が、私を捉える。
みんな気まずそうに目を泳がせ、1度止まった手を動かし始めた。まるで、私が見えていないかのように。
怖くて足が竦んでしまいそうだったけれど、力を振り絞って地面に圧をかける。
私は大きく口を開けていた。
「迷惑かけて、ごめんなさい!」
そう言って頭を思い切り下げた。
みんなの顔が見れない。
声が震えていた。両手を握り、手の震えだけでも抑えようと思ったけれど、無理だった。
「…みんな、聞いて欲しい」
頭の先から、私の知っている声が静かな教室に響く。
「美桜は、頑張ってたよ」
彼女が、莉乃が、私の盾となってくれたのだ。
彼女は過去にトラウマを抱えている。そう言っていた。
それでもなお、私のために声をあげてくれたのだ。その事実だけでも、私の瞳には涙が溜まっていて、今にも零れそうだった。
「みんな、本当に美桜が友達の好きな人を取る人だと思うの?」
私は頭を上げ、みんなの反応を確認する。
いくつかの生徒が、彼女の言葉を聞いて俯いた。
「私は違うと思う、違うって信じてる!第一、みんなは噂でしか聞いてないのに、なんでそっちだけに耳を傾けるの?」
彼女もまた、私と同じように涙を溜めていた。
「美桜の言葉にも耳を傾けてよ、今までみんなを引っ張ってくれた子を、今度は私達が助けようと思わないの?」
もう、涙を堪えることは私には出来なかった。
私の口から、嗚咽が込み上げた。
まるで、泣く事を止める方法を知らない子供のように。
「美桜は1度逃げてしまったけれど、またこうして戻ってきてくれた。料理係が大変な時、いつもみたいに助けてくれた」
噂だけで彼女という存在を決めつけないで、きちんと本当の美桜を見てあげてと、彼女は涙を零しながらそうみんなに告げた。
教室がまた、静寂に包まれた。
「鈴岡さん、ごめんなさい」
1人の女の子が、私に頭を下げてきた。
それに続いて、いくつかの生徒が同じ言葉を口にする。
私は唖然としてしまい、その子たちを見つめていた。
愛莉は唇を噛み、私を睨んでくる。
計画が失敗したとでもいうかのように。
「俺も悪かった」
「鈴岡には色々助けられてるからな」
男子も女子と同様に謝ってくれた。
私は彼らの言葉を受け取り、笑顔を浮かべ感謝を述べた。本当の笑顔を見せたのは、久しぶりの事だった。

準備をおえ、私達は後夜祭に参加した。
みんなで校庭に集まり、キャンプファイヤーをするという企画だった。
夜は肌寒くなるこの季節にはとても良い企画だなと感心する。
そして、この後夜祭で男女が結ばれるというのが昔からの言い伝えだとか。
正直私は信じていないけれど、恋をしている乙女にはとても喜ばしいことだと思った。
私は高嶺君を探そうとするが、彼には嫌われているというのを思い出す。
お昼の時は仕事が関係していたから彼も私と話してくれたのだとわかっている。それでも、やっぱり私は彼が好きだ。
たとえ彼が久美を選ぼうとも、私は彼を好きになった事に後悔はなかった。
私は莉乃と一緒に校庭に向かった。
片付けの時、私はクラスの1部の子達と仲を取り戻すことが出来た。それも全部、彼女のおかげだ。私は彼女にありがとうと改めて伝えた。
「なにに対してのありがとう?」
「全部だよ」
彼女はなにそれといってくすりと笑った。
私もつられて小さく微笑む。この小さな会話さえも、私にとっての宝物になるだろう。
「もう少しで、キャンプファイヤーが始まります、校庭にお集まり下さい」
放送部の声が響き渡り、後夜祭が始まるという事を実感してきたみんなは、より大きな歓声を上げた。
私もそんな彼らを見守りつつ、莉乃との談笑を楽しんでいた。そんな時。
「なあ莉乃」
クラスは違うけれど、学年では明るいムードメーカーで人気の男子が話しかけてきた。
「どうしたの?」
名前で呼んでいるという事は、親しいということなのだろうか。
私は状況が理解出来ず、瞬きを繰り返す。そんな私に、彼女は説明してくれた。
「大輝とは、幼なじみなの」
そういうことか、と私は手のひらに握り拳をぽんと叩いた。
「莉乃、キャンプファイヤー、一緒に見ないか」
いつも明るい彼が、ぎこちなく言う。
おそらく緊張しているのだろう。
「大輝、耳赤いよ?」
「はあ?!火のせいだろ」
「まだ火、ついてないけど」
そんな漫才のような彼らの会話に聞いて、私は微笑ましく思った。
彼は、莉乃のことがずっと好きだったんだと見て分かったから。
莉乃はちらりと私の方を見た。多分、自分が行ったら私が1人になってしまうと心配しているのだろう。
そんな彼らの邪魔はしたくないなと思った私は、行ってきなよと彼女の背中を押す。
「私は大丈夫」
正直1人は少し心細いけれど、心配させたくなくて、私は笑顔を作った。
私の表情を見て安心したのか、彼女はごめんねと言って彼と共に薪の方へと消えていった。
冷たい秋の風が吹いた。私は両腕を擦り、寒さに耐えようとしたけれど、もともと寒がりの私にとっては辛かったため、教室に置いてきたブレザーを取りに行くことに決めた。

生徒はみな校庭に集まっているから、校内は静かで物音すらしなかった。
まるで夜の学校に忍び込んでいるみたいだ。
私は怖くなり、少し早足で教室へと向かった。
少し経って教室が見える場所まで来ると、私は驚く。誰もいないはずの私の教室に電気がついていたから。
最後に出たのは私と莉乃だった。その時きちんと電気を消してきたはずなのに、と私は不思議に思った。
少しだけ空いてる扉の隙間から、目を細めて中を確認すると、そこには高嶺君と久美の姿があったのだ。
周りが静かなおかげで、2人の会話は私の耳にも届いてきた。
「来てくれてありがとう」
「ああ」
「あのね、高嶺君」
「なんだ?」
「ずっと前から好きでした、私と付き合って下さい!」
ずっと前からって、私に比べたら短いでしょと思いながら、私は2人の会話を盗み聞きしていた。心の中では罪悪感があったけれど、私だってブレザーを取りに来ただけで、ちょうど鉢合わせてしまったのだという言い訳を頭の中で浮かべる。
「…ありがとう」
彼は優しく微笑んだ。その笑顔は、私以外に見せないでほしいというのが本音だった。
「でも、ごめん」
「…理由を、聞いてもいいかな」
久美は泣きながら、きちんと現実に向き合っていた。切実に、強い子だなと思った。私なら、きっとその言葉を聞いた瞬間、逃げ出してしまっていただろう。
「ずっと前から、守りたい子がいるんだ」
彼に大切な人がいる。それは、私自身も初めて聞く事だった。私の恋も、ここで終わるのだと覚悟してしまった。
「ずっと前って、いつから?」
「10年くらい前かな」
彼女は真剣に彼の言葉を待っていた。その瞳は誰よりも強い心を持っていると私は思った。
「その子とは本当に偶然再会してね、無理してみんなの前で笑ってる彼女を嫌いになったよ。それでも、俺は彼女を守らなきゃいけないんだ、母さんと同じようにね」
「じゃあ高嶺君は、お母さんのためにその子を守るって事?自分の意思じゃないの?」
「いいや、自分の意思だ。最初は母さんのようにって思ってたけど、いつの間にかその子自身を幸せにしたいと思うようになったんだ」
「そっ…か…」
彼女は俯き、握り締めているスカートにしわを作った。とても強く、でも、私には彼女がとても弱く見えてしまった。
「理由は言えないけれど、昔その子を恨んだ。再会した時は同一人物だと気付かなくて、どんどん彼女を好きになっていったけれど、好きだと自覚した時に、同じ子だって知ったんだ」
久美は小さく頷く。本当は聞きたくないだろう。好きな人の好きな人の話を。それでも向き合うために、この恋に終止符を打つために、戦ってるんだ。
「彼女の事は好きだけど、でも、決心出来ないんだ、自分の思いに。これからも一緒にいたいと望んでいる相手を、また恨んでしまうんじゃないかって」
彼は、あまり自分のことを話さない。
だから私も初めて聞く事ばかりで、戸惑ってしまう。彼にも、あんな悩みがあったんだということに。
「別に恨んでもいいじゃん」
久美が、彼を見つめてそう言った。
彼は彼女の言葉に目を見開いて、驚いているのが見て分かった。
「恨んでも、高嶺君が好きになったのなら、その本当の心を信じるべきだよ」
私の知らない久美を見ているかのようだった。いつも微笑んでいた彼女は、自分の思いを伝えるのが苦手なのだと思っていたから。
でもそれは上辺の彼女だったのだと気付く。
誰もが、本当は自分の気持ちを言いたい。でも伝えたら相手が気付いてしまうという恐怖が心のどこかであるから、伝えられないんだ。
多分、高嶺君は昔に伝えたかった事を伝えられなかったから、今後悔しているんだと思う。
だから今の彼があるのだと私は思った。
「その子が羨ましいな」
「神田もよく知ってるやつだぞ?」
「え?」
彼が口を開けた瞬間、放送部の声が彼の言葉をかき消した。
「後夜祭の始まりです!」
扉の部分からは聞き取れなかったれど、久美の表情的に、彼女には聞こえたんだろう。
彼女は目を見開き、自嘲の表情を浮かばせた。
「やっぱり、なんでも持ってるじゃん」
彼女はそう告げて、大きな涙を瞳からポロポロとこぼしたのだった。彼は何もせず、ただ傍に立って彼女を見つめていた。