雪が溶け、ピンク色で染まっているこの世界は、今日も変化なく続いている。
登校道である桜並木を歩いていると、少しだけ温かい風が吹き、私達のスカートを靡かせる。セミロングに切りそろえている髪を抑えながら、春の風を感じていた。
それと同時に、私の耳が友達の甲高い笑い声を捉えた。隣で話している友達の声が周りに迷惑をかけていないかと心配しながら、2人のお喋りを聞いて、相槌を打ち、きちんと会話に入る。
うるさいか心配はするものの、注意はしない。
どうせ今日しかすれ違わない人だからという言い訳を心の中で唱えながら。
「てかさ、高嶺のことどー思う?」
目がくりくりしていて、愛嬌があって、明るく優しい友達の里音が突然そう言った。
私は高嶺という単語に少しピクッと体を強ばらせる。
「普通にイケメンだよね、私は結構タイプ」
見た目は真面目そうだけど本当は面倒臭がり屋で、いわゆる面食いである百合が食い気味に里音の問いに答えた。
「イケメンだよねあいつ、あ〜同じクラスになれたらなあ」
里音が神様にお願いしてるかのように青空に顔を向け、目を輝かせる。
そう、今日は高校2年生を始める始業式でクラス分け発表もあるのだ。去年の入学式から一際目立っていた高嶺君は、女子の話題の的となった。そして、どんな時でも発言に嘘がない。言い方が駄目な時もあるけれど、どんな時でさえも自分の気持ちを素直に伝えるのだ。
自分が納得できないところは、自分の心の中の霧が無くなるまで意見をぶつける。
彼にとって私は、苦手な人間性をしているだろう。どうして自分の考えを言わないんだ、とでも言われるんだろうな。
ただ女子が話題している理由は顔の良さや正直さだけではなくて、誰とも絶対に関わらないとでもいうかのような態度をとっているからなのだ。いわゆる、一匹狼。それでも1部の女子は諦めなくて、高嶺君に話しかけに行こうとするけれど、いつの間にか彼は姿を消しているとか。
そんな不思議だらけの彼だからこそ、1年経った今でも話題にされている。
「美桜はどう思う?高嶺のこと」
里音が会話に参加していない私に気を遣ったのか、話を振ってくれた。
「あ、えっと、私は、自分の意見をはっきり主張してる所が凄いなって思う」
「あはは!美桜ってば真面目だな〜、もっとかっこいいとか身長高くて最高とかでいいのに」
里音が私の返答に対して笑いながら言った。それがどうしてか、美桜の考えはおかしいよ、変だよって思われたかのように感じてしまった。相手がそこまで考えていないのは分かっているけれど、いつもこうやって変な方向に物事を考えてしまうのが私の悪い癖だ。
「…そうだよね、ごめんごめん」
私は作り笑いをしながらそう言うも、里音の耳には届いていなくて、すぐに話題を変えて一緒にスマホを眺めている2人を見つめた。
別に2人のことを嫌いなわけではない。どちらかと言うと一緒にいて楽しいし、大切な友達だ。でもたまに、ふと思ってしまう時がある。私は必要ないんじゃないかと。
高嶺君なら、こういう状況の時に自分の気持ちをちゃんと2人に伝えるんだろうな、なんて事を考えていた。
彼は私の中で、密かに憧れの存在であり、それと同時に嫉妬の対象になっているのだ。ありのままの気持ちを伝えるくせに周りから興味の眼差しを与えられているなんて、私の努力を全否定されているみたいだ。みんなから認められたいがために、クラスの人達がやりたがらない学級委員も自ら立候補したし、生徒会の副会長もやっていて、学校企画のボランティアにも参加しているし、みんなのお願いには、絶対に首を横に振らない。
それでも唯一、定期テストではいつも1位になる事が出来ない。もちろん1位は高嶺君。授業中は寝ているくせに、教科書を見ただけで理解できる頭脳を持ち合わせているとか。生まれつきの才能というやつだ。
私は夜遅くまで、その日の復習をして、次の日の予習をしているというのに。
私は小さく溜め息をつく。これほど、誰かを羨ましいと、妬ましいと思ったことはない。
そんな感情を持つなんて、時間の無駄だから。その嫉妬をしている時間を、自分を変える時間に使えばいいのにと思ってしまうから。
どんなに嘆いても現実は変わらない。私はもう一度溜め息をついて、学校の校門をくぐった。
「悔いのない1年を過ごすように」
校長先生の言葉を合図に、辺りには小さなざわめきが起こった。
これから、クラス分け発表。前の方に表が貼り出され、自分で探すというもの。
私の学校のクラス分けは、いわば学力を中心に分けている。上の人から数字の若いクラスになる。自分で言うのもあれだが、私は恐らく1クラスだろう。そして、高嶺くんも同様に。
それでも一応間違えたら恥なので、表を確認する。
「あ、俺1か」
表の前で自分の名前を探していると、左上から声がした。あくびをしながら、眠そうな声。
上を見てみると、予想通りの高嶺くんの姿。
それに、成績1位なんだから、当たり前じゃない。そんな皮肉な言葉が頭の中で浮かんだ。
身長、高いんだ。180cmはあるだろうか。女子の中では低い方である私にとって、見上げなければ顔を合わせる事が難しい。2階の窓から伸びてくる太陽の光が、高嶺君のことを、まるでスポットライトに当てられているアイドルのように見せた。
綺麗だ、なんて思ってしまった。もともと茶髪気味の髪の毛が、とても美しく輝いていた。
やっぱり、持っているものが違うな。生まれつきというものは、どんなに望んでも手に入らないのだから。
彼が去ってから、まるで魔法が解けたかのような感覚に陥った。首を左右に振って、自分の名前をもう一度探す。
あ、あった。思った通り、私も1クラスでひとまず安心だ。もし上のクラス以外だったら、お母さんに怒られていただろう。
後に里音と百合と合流し、他愛のない話をする。2人は3クラスだとか。
「やっぱり美桜は上のクラス行っちゃうよね」
「んね〜、寂しくなるね」
1年の時は成績関係なくクラス分けを行っていたから、2人と同じクラスになって仲良くなれたわけで。今年からは別のクラスで授業を受けたりするなんて、実感が湧かなかった。
体育館から校舎は少しだけ離れていて、3人で話しながら校舎に向かうことにした。
校庭には、咲き始めた大きな桜の木が、春風にのってサラサラと揺れている。満開になったら、より綺麗になるんだな。
やっぱり、春が好きだなと思った。
―美桜―
これが私の名前だ。春に産まれて、病室の窓から美しい桜が見えたから、つけたそう。
美しい桜のように、みんなを笑顔にする人になってほしいという想いが込められている。
私には、相応しくない名前だ。
私はみんなを笑顔にすることが出来ない。
みんなが嫌がる事を行い、どんな事も否定せず笑顔で答え、頼み事は必ず受ける。
上辺だけは、完璧に振る舞う私。
本当は、そんな完璧な人間ではない。
みんな、本当の私を知らない。
いつか、本当の私と向き合ってくれる人を探しているというのは、誰にも言っていない。
それでも昔から、誰かを笑顔にすることが好きだった。無邪気に変顔をしたり、私が笑顔だったら、みんなが私を見て笑ってくれた。
それでも今は、自分を押し殺してまで、他人の笑顔ではなく顔色を窺うようになってしまった。いつからだろうか。
私もあの青空のように、清らかで美しくなりたい。全てをさらけ出して、それでも尚綺麗でいられるというのは、誰しもが憧れることだと私は思う。
「もし高嶺と仲良くなったら、連絡先教えてよ!」
真ん中で歩いていた百合の奥から顔を覗かせて、里音が私に向けて言った言葉。
「もちろん、いいよ」
私がそう言えたのは、高嶺くんとは1年かけても仲良くなれる自信が無かったからだ。
あんなにも怖くて、私が持っていないものを持っている彼と、関わりたいと1ミリも思っていない。むしろ、関わりたくない。
「里音が結構好きらしいよ、高嶺のこと」
あ、まただ。
「ちょっと百合、言わないでよ恥ずかしいじゃん」
里音が頬を桜色に染めながら百合の肩を叩く。
また、私の知らない会話。
何気なく言った言葉でも、私はそういう事に鋭い。自分の知らない話をされると、仲間外れにされているのではないかという不安に押し潰される。
それに対して、里音が言わないでと言っているのが、今後も私に相談する予定はなかったといでも思っていたかのように考えてしまう。
なにか気になる事があっても、空気をよんでそのまま受け流す。私はいつもそうして生きている。淡々と、冷静に。
その後も心の中のしこりをそのままにして、お互いのクラスの一緒に行ける所まで到着したため、別れを告げた。
新しい、クラス。
友達は出来るかな。
完璧に、振る舞えるかな。
みんなから憧れの存在になれるかな。
私は、人よりもそういう欲が強い人間なの。
お母さんが厳しくて、褒めてもらったのは指で数え切れる程度。だからこそ、中学の時にみんなから褒められた時に、心の底から言葉では表せられないなにかを感じた。
褒められるって、こんなに嬉しいんだ。って。
その日から、私の中の時計は進まないまま。
まるで古時計のように、動く事を忘れてしまった。そしていつか、この時計を修理してくれる人と出会えたらななんて、子供じみたことを思っている。
私は深呼吸をして、教室の扉を開けた。
私の席は、3列目の1番後ろ、か。
黒板に貼ってある座席表を確認して、緊張しながらも席に腰を下ろした。
まだ半分くらいしか集まっていない教室は、うるさくもなく静かでもないという、といて居心地の良い空間だった。
そんな空間も呆気なく終わった。
廊下が騒がしくなり、後ろのドアが開いた途端、ついてきたであろう廊下にいた女子と、クラスの女子が悲鳴らしきものをあげる。
私は驚きながらも、想像のついている人物が私の後ろを歩き、左隣に腰を下ろした。
…え?隣?
女子の声より何倍も衝撃的な事実に、私は顔を彼に向けてしまった。
「…何?」
彼はいかにも不機嫌ですといでもいうような顔を私に向け、睨んできた。
見ただけなんですけど。私も人間だから、表に出さなくとも怒りという感情を抱く。
それでもクラスの人達が見てる中で怒ることは出来ない。初日から“高嶺に反抗した女”にはなるのはごめんだ。
「ううん、なんでもない」
私は作り笑顔を顔に貼り付けた状態で、彼に顔を向けた。
彼は私に聞こえるような大きなため息を出した。どう見てもわざとだと言えるくらいに。
うわ、なんだこの人。
私はあからさまな彼の言動に苛立ちと嫌悪感を抱いた。
女子達はこんなやつのどこがいいんだか。たしかに顔はかっこいいけれど、性格がこれだとなんとも言えない。それでも、周りからちやほやされているのも事実で。
私は誰にも聞こえない小さなため息を零す。
こんな始まりで、この1年間大丈夫だろうか。
未来の不安と隣の席の嫌いな奴の事が同時に思い浮かんでしまい、今度は大きなため息を零した。
空には、私の心とは裏腹に雲ひとつない青空が広がっていた。
登校道である桜並木を歩いていると、少しだけ温かい風が吹き、私達のスカートを靡かせる。セミロングに切りそろえている髪を抑えながら、春の風を感じていた。
それと同時に、私の耳が友達の甲高い笑い声を捉えた。隣で話している友達の声が周りに迷惑をかけていないかと心配しながら、2人のお喋りを聞いて、相槌を打ち、きちんと会話に入る。
うるさいか心配はするものの、注意はしない。
どうせ今日しかすれ違わない人だからという言い訳を心の中で唱えながら。
「てかさ、高嶺のことどー思う?」
目がくりくりしていて、愛嬌があって、明るく優しい友達の里音が突然そう言った。
私は高嶺という単語に少しピクッと体を強ばらせる。
「普通にイケメンだよね、私は結構タイプ」
見た目は真面目そうだけど本当は面倒臭がり屋で、いわゆる面食いである百合が食い気味に里音の問いに答えた。
「イケメンだよねあいつ、あ〜同じクラスになれたらなあ」
里音が神様にお願いしてるかのように青空に顔を向け、目を輝かせる。
そう、今日は高校2年生を始める始業式でクラス分け発表もあるのだ。去年の入学式から一際目立っていた高嶺君は、女子の話題の的となった。そして、どんな時でも発言に嘘がない。言い方が駄目な時もあるけれど、どんな時でさえも自分の気持ちを素直に伝えるのだ。
自分が納得できないところは、自分の心の中の霧が無くなるまで意見をぶつける。
彼にとって私は、苦手な人間性をしているだろう。どうして自分の考えを言わないんだ、とでも言われるんだろうな。
ただ女子が話題している理由は顔の良さや正直さだけではなくて、誰とも絶対に関わらないとでもいうかのような態度をとっているからなのだ。いわゆる、一匹狼。それでも1部の女子は諦めなくて、高嶺君に話しかけに行こうとするけれど、いつの間にか彼は姿を消しているとか。
そんな不思議だらけの彼だからこそ、1年経った今でも話題にされている。
「美桜はどう思う?高嶺のこと」
里音が会話に参加していない私に気を遣ったのか、話を振ってくれた。
「あ、えっと、私は、自分の意見をはっきり主張してる所が凄いなって思う」
「あはは!美桜ってば真面目だな〜、もっとかっこいいとか身長高くて最高とかでいいのに」
里音が私の返答に対して笑いながら言った。それがどうしてか、美桜の考えはおかしいよ、変だよって思われたかのように感じてしまった。相手がそこまで考えていないのは分かっているけれど、いつもこうやって変な方向に物事を考えてしまうのが私の悪い癖だ。
「…そうだよね、ごめんごめん」
私は作り笑いをしながらそう言うも、里音の耳には届いていなくて、すぐに話題を変えて一緒にスマホを眺めている2人を見つめた。
別に2人のことを嫌いなわけではない。どちらかと言うと一緒にいて楽しいし、大切な友達だ。でもたまに、ふと思ってしまう時がある。私は必要ないんじゃないかと。
高嶺君なら、こういう状況の時に自分の気持ちをちゃんと2人に伝えるんだろうな、なんて事を考えていた。
彼は私の中で、密かに憧れの存在であり、それと同時に嫉妬の対象になっているのだ。ありのままの気持ちを伝えるくせに周りから興味の眼差しを与えられているなんて、私の努力を全否定されているみたいだ。みんなから認められたいがために、クラスの人達がやりたがらない学級委員も自ら立候補したし、生徒会の副会長もやっていて、学校企画のボランティアにも参加しているし、みんなのお願いには、絶対に首を横に振らない。
それでも唯一、定期テストではいつも1位になる事が出来ない。もちろん1位は高嶺君。授業中は寝ているくせに、教科書を見ただけで理解できる頭脳を持ち合わせているとか。生まれつきの才能というやつだ。
私は夜遅くまで、その日の復習をして、次の日の予習をしているというのに。
私は小さく溜め息をつく。これほど、誰かを羨ましいと、妬ましいと思ったことはない。
そんな感情を持つなんて、時間の無駄だから。その嫉妬をしている時間を、自分を変える時間に使えばいいのにと思ってしまうから。
どんなに嘆いても現実は変わらない。私はもう一度溜め息をついて、学校の校門をくぐった。
「悔いのない1年を過ごすように」
校長先生の言葉を合図に、辺りには小さなざわめきが起こった。
これから、クラス分け発表。前の方に表が貼り出され、自分で探すというもの。
私の学校のクラス分けは、いわば学力を中心に分けている。上の人から数字の若いクラスになる。自分で言うのもあれだが、私は恐らく1クラスだろう。そして、高嶺くんも同様に。
それでも一応間違えたら恥なので、表を確認する。
「あ、俺1か」
表の前で自分の名前を探していると、左上から声がした。あくびをしながら、眠そうな声。
上を見てみると、予想通りの高嶺くんの姿。
それに、成績1位なんだから、当たり前じゃない。そんな皮肉な言葉が頭の中で浮かんだ。
身長、高いんだ。180cmはあるだろうか。女子の中では低い方である私にとって、見上げなければ顔を合わせる事が難しい。2階の窓から伸びてくる太陽の光が、高嶺君のことを、まるでスポットライトに当てられているアイドルのように見せた。
綺麗だ、なんて思ってしまった。もともと茶髪気味の髪の毛が、とても美しく輝いていた。
やっぱり、持っているものが違うな。生まれつきというものは、どんなに望んでも手に入らないのだから。
彼が去ってから、まるで魔法が解けたかのような感覚に陥った。首を左右に振って、自分の名前をもう一度探す。
あ、あった。思った通り、私も1クラスでひとまず安心だ。もし上のクラス以外だったら、お母さんに怒られていただろう。
後に里音と百合と合流し、他愛のない話をする。2人は3クラスだとか。
「やっぱり美桜は上のクラス行っちゃうよね」
「んね〜、寂しくなるね」
1年の時は成績関係なくクラス分けを行っていたから、2人と同じクラスになって仲良くなれたわけで。今年からは別のクラスで授業を受けたりするなんて、実感が湧かなかった。
体育館から校舎は少しだけ離れていて、3人で話しながら校舎に向かうことにした。
校庭には、咲き始めた大きな桜の木が、春風にのってサラサラと揺れている。満開になったら、より綺麗になるんだな。
やっぱり、春が好きだなと思った。
―美桜―
これが私の名前だ。春に産まれて、病室の窓から美しい桜が見えたから、つけたそう。
美しい桜のように、みんなを笑顔にする人になってほしいという想いが込められている。
私には、相応しくない名前だ。
私はみんなを笑顔にすることが出来ない。
みんなが嫌がる事を行い、どんな事も否定せず笑顔で答え、頼み事は必ず受ける。
上辺だけは、完璧に振る舞う私。
本当は、そんな完璧な人間ではない。
みんな、本当の私を知らない。
いつか、本当の私と向き合ってくれる人を探しているというのは、誰にも言っていない。
それでも昔から、誰かを笑顔にすることが好きだった。無邪気に変顔をしたり、私が笑顔だったら、みんなが私を見て笑ってくれた。
それでも今は、自分を押し殺してまで、他人の笑顔ではなく顔色を窺うようになってしまった。いつからだろうか。
私もあの青空のように、清らかで美しくなりたい。全てをさらけ出して、それでも尚綺麗でいられるというのは、誰しもが憧れることだと私は思う。
「もし高嶺と仲良くなったら、連絡先教えてよ!」
真ん中で歩いていた百合の奥から顔を覗かせて、里音が私に向けて言った言葉。
「もちろん、いいよ」
私がそう言えたのは、高嶺くんとは1年かけても仲良くなれる自信が無かったからだ。
あんなにも怖くて、私が持っていないものを持っている彼と、関わりたいと1ミリも思っていない。むしろ、関わりたくない。
「里音が結構好きらしいよ、高嶺のこと」
あ、まただ。
「ちょっと百合、言わないでよ恥ずかしいじゃん」
里音が頬を桜色に染めながら百合の肩を叩く。
また、私の知らない会話。
何気なく言った言葉でも、私はそういう事に鋭い。自分の知らない話をされると、仲間外れにされているのではないかという不安に押し潰される。
それに対して、里音が言わないでと言っているのが、今後も私に相談する予定はなかったといでも思っていたかのように考えてしまう。
なにか気になる事があっても、空気をよんでそのまま受け流す。私はいつもそうして生きている。淡々と、冷静に。
その後も心の中のしこりをそのままにして、お互いのクラスの一緒に行ける所まで到着したため、別れを告げた。
新しい、クラス。
友達は出来るかな。
完璧に、振る舞えるかな。
みんなから憧れの存在になれるかな。
私は、人よりもそういう欲が強い人間なの。
お母さんが厳しくて、褒めてもらったのは指で数え切れる程度。だからこそ、中学の時にみんなから褒められた時に、心の底から言葉では表せられないなにかを感じた。
褒められるって、こんなに嬉しいんだ。って。
その日から、私の中の時計は進まないまま。
まるで古時計のように、動く事を忘れてしまった。そしていつか、この時計を修理してくれる人と出会えたらななんて、子供じみたことを思っている。
私は深呼吸をして、教室の扉を開けた。
私の席は、3列目の1番後ろ、か。
黒板に貼ってある座席表を確認して、緊張しながらも席に腰を下ろした。
まだ半分くらいしか集まっていない教室は、うるさくもなく静かでもないという、といて居心地の良い空間だった。
そんな空間も呆気なく終わった。
廊下が騒がしくなり、後ろのドアが開いた途端、ついてきたであろう廊下にいた女子と、クラスの女子が悲鳴らしきものをあげる。
私は驚きながらも、想像のついている人物が私の後ろを歩き、左隣に腰を下ろした。
…え?隣?
女子の声より何倍も衝撃的な事実に、私は顔を彼に向けてしまった。
「…何?」
彼はいかにも不機嫌ですといでもいうような顔を私に向け、睨んできた。
見ただけなんですけど。私も人間だから、表に出さなくとも怒りという感情を抱く。
それでもクラスの人達が見てる中で怒ることは出来ない。初日から“高嶺に反抗した女”にはなるのはごめんだ。
「ううん、なんでもない」
私は作り笑顔を顔に貼り付けた状態で、彼に顔を向けた。
彼は私に聞こえるような大きなため息を出した。どう見てもわざとだと言えるくらいに。
うわ、なんだこの人。
私はあからさまな彼の言動に苛立ちと嫌悪感を抱いた。
女子達はこんなやつのどこがいいんだか。たしかに顔はかっこいいけれど、性格がこれだとなんとも言えない。それでも、周りからちやほやされているのも事実で。
私は誰にも聞こえない小さなため息を零す。
こんな始まりで、この1年間大丈夫だろうか。
未来の不安と隣の席の嫌いな奴の事が同時に思い浮かんでしまい、今度は大きなため息を零した。
空には、私の心とは裏腹に雲ひとつない青空が広がっていた。