そうして、数日が経過した。

 元奴隷達は十分に休息し、栄養状態も回復しつつあった。
 そうしてクズは縛っている奴隷商人や私兵を、乱雑に荷馬車へ積み込みながら告げる。

「――俺たちはここを出る! 傭兵として付いてきたい奴は一緒に来い! そうでない奴らは、難民としてヘイムス王国を目指すなり、知り合いを頼るなり好きにしろっ!」

 傭兵団だけではない。元奴隷達も一斉にざわめきだした。
 元気を取り戻した元奴隷は、口々に「無茶を言うな」、「人でなし!」、「クズだ……」などと罵倒を浴びせてくる。

「――義兄様、それはちょっと……っ」
「クズ君、いくらなんでも……。まだ、彼等は村を捨てられないよ」
「じゃあ、このまま焼け落ちた村に住むってか? こんなとこで、どう生活するってんだ」
「……奴隷商船に載せられた人と、元村人達は村の再建を望んでるよ?」
「再建? ここまで焼け落ちた村を物資や支援も、技術すらなくどうやってだよ?」
「それは……分からないけど。可哀想だから、何とかしてあげたい」
「……再建したい。その願望を口にしたのは、元奴隷達だよな。じゃあ、そいつらは具体的にどうすれば実現できるか、少しでも口にしたか?」
「それは、してない……かな?」
「――だろうな。だから、俺たちはここを出るんだよ」

 クズの冷徹な言葉に――アナすらも付いていかない。
 荷馬車に載せられた奴隷を数歩進ませた所で、クズは誰も自分の後を付いてきていないことに気がついた。
 荷馬車を動かすクズは、大勢の視線を集め――孤立していた。

「そうか……。なら、仕方ねぇな。お前等がそうしたいなら、そうするといい」

 クズの背に向けられる視線は――冷たいものばかりだ。
 元奴隷達からは怨嗟の目線を向けられ、団員達からも見損なったと言うような冷めた視線が降り注いでいる。

「……ごめんね、クラウス。私が依頼を受けてってお願いしたことだから……最後まで、私に出来る事をしたい」
「義兄様、私も……ごめんなさい。正しいと思うことを自由にしろって言ったのは、義兄様だから」
「クズ君、君らしくもない。どうしてしまったんだい? 君はクズだけど、非道ではなかったはずだよ。人の道ではないようなことはしなかった。かつての僕のように、彼等を救ってあげてもいいじゃないか」

 幹部達ですらも、クズには付いていけないと言う。
 張り詰めた空気。周囲の皆が敵のような状況で、クズの姿勢は全く揺らがない。
 馬上で胸を張ったまま――。

「――俺みてぇなクズは、失楽の飛燕団を抜けさせてもらう!」

 声高らかに宣言した。

「――クラウス、待って……ねぇ!」
「義兄様、それはダメです!」
「何を、何を言ってるんだい!? ここは……君の家族だろう!?」
「この人でなしが……っ。見捨てるって高らかに宣言しやがった!」
「早く消えろ! あんなヤツ、奴隷商人と一緒だ! クズ野郎がァアアア……ッ」

 悲鳴や罵声、怒声に見送られながらクズは馬を進める。
 駆け寄ってくるアナやマタ、ナルシストに視線を向けることも無く、

「――世の中には、色んな家族がいるだろうよ……。じゃあな」

 その言葉だけを残して、クズは荷馬車ごと遠ざかっていった――。

「そんな……。クラウス……っ」
「義兄様……」
「クズ君……本当に、どうしてしまったんだ」

 団長であるクズが退団した状態など初めての失落の飛燕団。
 戸惑う彼等だったが、何時までも戸惑ってはいられない。他ならぬ自分達が、こうしたいと決めたのだから。

「……とりあえず、支援体勢を更に整える。奴隷船から奪った金品はまだある」
「そう、だね。君達、近場の町で物資を追加購入だ」
「は、はいっす……。行ってきます」

 動揺を押し殺し、マタとナルシストを中心に元奴隷――現難民に支援を続ける手はずを整えていった。
 食事、住居、衣類――問題は山積みだ。

「俺らがしっかりしないとっすね。動揺なんか、してる暇ないっす!」
「そう、だね。私たちもやれることをやらないと!」

 支える自分達がしっかりしなければと団員同士で叱咤しながら、目の前の問題に立ち向かっていった――。