アナント城下街を出たクズ達、失落の飛燕団四十人――いや、四十一人は、一団となってヘイムス王国方面へと向かっていた。

「……畜生、こっちも団を四つのクランに分けて、稼ぎながら集合したかったってのによぉ」
「本体の失落の飛燕団はともかく、他三つは新規の傭兵団扱い。……途中でいい依頼を見つけても、本当に薬草採取ぐらいしかできなくなる」
「融通が利かねぇんだよなぁ。やれ規則だ規約だって。人情ってもんを忘れたんかね。寂しいこった」
「まぁ、あっちも仕事だからね。僕的には、正しく美しい規律の通り働く姿は――素敵だと思ったけどね。まるで、筋肉の繊維一本一本が集まって同じ動きをするみたいに」
「……ギルドの受付嬢さん、すっごい怒ってたね」
「更年期ってやつかね。他人事じゃねぇが、大変なこった」
「多分、私達が受付で暴れて、食堂でも暴れたくせに飄々と戻ってきたからだと思うよ?」
「過去を見ても仕方ねぇ!――お前等、きちんと下を見て歩けよ! 薬草は根こそぎ採り尽くせ!」
「「「馬から降りてあんたも探せ、クズが!」」」

 手綱を引きながら草の根を分けて探す団員達が、馬に乗って偉そうに指示を出すクズへ苦言をていする。
 馬に乗り慣れてないアナを慣れさせるためという名目で、相乗りしているためである。
 今後、一緒に旅をしていくのが決まった以上、必要なのは分かっているが――金を使い込んだ張本人が馬に乗って楽をしているのは、団員的に許せなかった。

「みんな、私が馬にも乗れないせいで……ごめんね?」
「あ……い、いえ。アナ様……いや、アナさんが悪い訳じゃないっす!」
「そ、そうよ。私達はそこのクズ団長の態度にむかついてただけで……鼻くそほじるなクズ団長!」
「……少しでも、みんなに癒やしの風が贈れるように。――シルフィ」

 アナが両手を組んでその名を呼ぶと――風の精霊が薄らと浮かび、穏やかな風が吹く。
 爽やかな風は――僅かに団員達の頬を撫で疲労を回復させた。

「……天女っす」
「なんであんないい女の人がクズ団長なんかと……。団長の精霊なんか、破壊しかできないのに」
「あん? 俺の精霊達をバカにすんのか? お前等、ここでウンディーネさんとサラマンダーさんを呼んでやろうか? 多分聞こえてるぞ~。あいつらが怒ったら、こえぇぞぉ~?」
「く……ッ!」
「虎の威を借る狐ってやつっすね……クズ団長め!」

 先の戦いでは、サラマンダーとウンディーネを随分と酷使してしまった。
精霊を自身の身体に取り込むことで、その力を借りる――緋炎という隠し技まで使った。
この技は、クズの肉体や魔力回路に多大な負荷がかかるのは勿論、精霊との契約にもリスクがある。

(魔力枯渇が行き過ぎれば――精霊との契約が強制的にリセット……切断されちまう可能性もあるからな)

 クズの魔力にはまだ余裕があるが――今後、セイムス王国でも何か事件が怒ると睨んでいるクズは、精霊を顕現させず休ませている。というか、自分の巻き込まれ体質的に何もないとは思えない。
 契約者であるクズと精霊にはパスが通じているため、外界の様子は認識しているだろうが――仮眠をとらせているような状態だ。

「……あいつらがふよふよ飛んでねぇのは、静かすぎて寂しいけどな」

 大切な者を護る為、たった一人で帝国と戦いに出た時。ゼロから傭兵団を設立した時。実の父を自らの手で断罪しなければならなかった時。
 どんな辛い時にも傍にいてくれて、一緒にバカをしてくれたかけがえのない戦友にして家族。
 そんな存在との別れは辛い。
 これからも長く居るための決断に一抹の寂しさを感じており、

(あいつらも同じように寂しく、俺のの事を大切に思ってくれてんのかな)

 などと、センチメンタルな気分に浸ってしまう。

(似合わない事を考えちまった)
 
 クズはふっと微笑みながら地図を開き、最寄りの村や町を目指した――。


「――薬草の納品依頼が一つも無いだと!? どういうこった!?」

 たどり着いたのは、荒れた街道を進んだ場所にある小さな村のギルドだった。
 団員達の泥にまみれる努力により、毒消しや痺れ、傷薬の元になる大量の薬草を担ぎながら笑顔でギルドに入ったのだが――。

「すいません。普段はかなり需要があるんですが……つい昨日、傭兵団クラン『黄金の鎖』の方々が納品してくださいまして……」
「……もしかして、金ピカ鎧のやつか?」
「あ、『餓狼』のダンツさんのことですね。彼もいらっしゃいましたが……他の傭兵団の皆様もですね」

 ニパッという受付嬢として満点の笑みで答える女性に、クズもニパッと笑みを浮かべ――。

「テメェ等、黄金の鎖とやらをぶった切りにいくぞ。――文句がある奴はいるかぁあああッ?」

 最期には怒気を溢れさせた。

「「「無いっす!」」」

 泥で汚れた顔をする団員達まで同じように怒気を顕わにして答える。
 汚れた顔の中、ギラギラ光った瞳に宿るのは――明確な殺意だった。
 不気味に口角を上げるマタ、筋肉を膨れ上がらせ嗤うナルシスト、キョトンとした顔のアナ。
 特にマタに関しては、秘蔵である対大型魔物用に作った劇薬の蓋まで外している。大気に紫色の煙が漂い、マタは煙の中で嗜虐的な笑みを浮かべた。
 隠れサディストである彼女は、脳内でどんな拷問をしてやろうかと狂気に満ちた表情を浮かべていた。

「よろしい。まずは全力のウンディーネの力で洪水を起こし、そこからフルパワー状態のサラマンダーさんで奴らを溶かすぞ! 俺が討ちもらした敵は貴様等のものだ!」
「「「おう!」」」

 精霊達を休ませ、温存してやるといった優しさはどこにいったのか。額に血管を浮かび上がらせて、私刑の方法を告げると――。