「――すいませんでした」

 戦乱の世において、勝者が生まれれば敗者が生まれるのは必須である。なにもそれは戦勝国、敗戦国という大きなくくりに縛られたものに限定される訳ではない。

 個々人という小さなくくりでも同様だ。

 己の心願を成就し、大切な何かを守り抜いた勝者もいれば、自由や平和――何もかも奪われた敗者も存在する。
 敗北を認めてしまった者とは、勝者に首を垂れて生きるしかないのだ。

「許すわけないっすよ。なんなんすか、あんたは!」
「五億、私の取り分だけでも返して下さいよ! ほら、早く!」

 戦乱で歪み、さらには魔物と呼ばれる怪物までいる荒れた世では、安定した治安や平等も望めない。人々の心は荒び、国家の治安維持部隊だけでは対処できない事も多々ある。
 だからこそ剣や魔法の腕がたち、戦いに慣れた傭兵団という存在の需要は高い。ギルドを通して彼等は金銭の代わりに死の危険へと身を投じていく。
 だからこそ、死線をともに協力して乗り越え、日々を生き抜く傭兵団の絆は強い。

 ヘイムス王国の城下街――ここにも一団いる。

 そう、自称しているうちに通称となってしまった『クズ』と呼ばれる団長が率いる傭兵団――家族のような絆で結ばれた『失落の飛燕団(しつらくのひえんだん)』もその一つだ――。

「――どうにもならねぇ過去ばっかり見てんじゃねぇ! 前を向いて生きろよ!」
「「「ずっと地面を見てるあんたが言うな、このクズ!」」」

 おかしい。
 一家の大黒柱ともいうべき団長――クズは天下の往来、レンガ造りの街道に額を擦りつけて謝罪を拒絶され罵倒されていた。
 トレードマーク腰に巻く紅いストールが随分低い位置でバタバタと風に靡いている。刺繍された金糸の飛燕も低空飛行だ。
 普段は格好良く見えるストールも、随分情けなくはためいて見えてしまう。
 城下街を通る人々は何事かとざわめきながら、土下座しているクズと――兵装を纏って向かい合う四十名の傭兵に注目している。

「使っちまった金は戻らねぇんだよ! 仕方ねぇだろ!」
「クズ君……まずは顔を上げたらどうだい?」
「これは俺の誠意だ。ナルシストの言うことでも頭を上げる訳にはいかん」
「……そうかい、なら僕はこれ以上何も言わないよ。――でもね、報酬五億ゼニーは、分配すべき団のお金だったんだよ。黙って勝手に全額使うのは、美しくないね。まずは相談しないと。……せっかく、肌をきめ細やかにする薬を見つけていたのに」

 紅いメッシュが入った黒髪がレンガの上でビクッとと揺れる。そんなクズの頭は、レンガの割れ目から太陽を目指し芽吹いた草花のようですらあった。
 ――並べるのも草花へ失礼になる状況だが。

 そんなクズを諭すように集団を代表して声をかけたのは、目がキラキラした短髪イケメンだ。服がミチミチとはち切れそうな大柄で弓を担ぎながら、困った表情をしている。
 この男の通称はナルシスト。これでも失落の飛燕団二人の幹部の一人で、生まれ持った特別な才能――『天職』として狩人の才があると占い師にお墨付きをもらっている。
 まぁ本人は、『僕の天職は愛の狩人』などと訴えているが――。狩りの成果は現状、残念だ。

「ヘイムス王国が滅んだのに、アナ義姉様が生きていたのは本当に嬉しい。……でも危険を犯してみんなで得た五億。それを勝手に使って、帝国の伯爵からアナ義姉様を奴隷として買うなんて……。そのお金があれば、団の運営もしばらく安定して……あぅ……」
「マタちゃん、ふらついてるよ……。大丈夫? ごめんね、私のせい……だね」

 この先の運営資金を思い卒倒しそうになったのは、クズの異母妹――マタだ。
 魔法使いという天職持ちでありながら経理や薬師も兼任している幹部団員である。人材も資材も不足している傭兵団において、もしかすると一番の苦労人かもしれない。
 ボブカットの髪型、小柄でクリオネのようにスッとした身体の女性だが、だれよりも大きな苦労と悩みを抱え――淀んだ空気を醸し出していた。

 そんなマタを支えようと、控えていたクラウスの後ろから飛び出し、美しい銀髪を揺らして抱き止めたのはアナだ。
 かつてクズ――クラウスがアナント王国騎士だった頃に忠誠を誓った王女である。アナント王国がクレイベルグ帝国の侵略によって滅亡してからは、代理領主の元で奴隷メイドとして生きていた。
 サラシという呪縛から解放された胸は、新鮮な果実のようだ。さらにキュッとしまったウエストという女の敵にして憧れの美貌を持つ彼女。

 購入する際に代理領主である帝国の伯爵から提示されたお値段は――五億ゼニー。