溢れ出るクラウスの怒気。理性を忘れた激情を感じ取ったマタが、義兄の心が闇に飲まれ暴れだす前に慌てて代わりに答えた。

「お、御言葉に甘えさせて頂きます! 数々のお心遣い、誠にありがとうございました」

 ライヒハート伯爵からの提案を何度も無碍に断れば、居並ぶ者達から反感を買う。

 そうなれば全員の身が危うくなると判断した。
 義兄の代わりに答え、そして会話を打ち切る方向へ持って行った。

「よろしい。――大義であった」

 ライヒハート伯爵も、ある程度はお見通しだったのだろう。

 楽しそうに笑みを浮かべ、玉座の裏にある扉から悠然と立ち去っていった――。

 否応なしにライヒハート伯爵の提案通り、饗宴に参加せざるを得なくなった。

 緊迫した恩賞授与式が何とか終了し、一同は胸をなで下ろした――。

 そうして夜がくると、晩餐会会場へ案内された。

 失落の飛燕団はアウェーの場で仲良く一塊となり、立食形式の晩餐会を楽しんでいる――かと思いきや、それぞれ自由気儘に行動し食事にナンパに勤しんでいた。
 そこは彼等らしいと言えるだろう。

 そんな各々が独自の方針で楽しむ晩餐会の中で――クズは料理と酒を一通り取った後、一人でテラスに移動し城下街を眺めながら気だるそうにしていた。

 集団が盛り上がる宴の中、クズは完全に手持ち無沙汰だった。

「帰りてぇ……」

 クズの胸中は、その一念に尽きる。瞳は既に腐って濁りきっている。

 人気のないテラスで「早く終わらねぇかな」と鬱々と祈り続けることが精一杯であった。

「――あまり晩餐会を楽しめてはいないようだな」

 そんなクズの前に、ライヒハート伯爵がワインを片手にやってきた。

 後ろには専属従者なのか――顔全体を覆い隠す艶やかな黒髪に、マスクを着けたメイドを控えさせている。
 スタイルは良いが、髪とマスクのせいでモサイ。

 よく見れば、謁見前にナルシストの自信を粉砕したメイドだ。
 なぜこんなにもモサイ格好をさせるのか。

 まあ、貴族の中には連れるメイドが自分より目立たないよう、あえて地味な服装をさせる。
 顔も隠させる奴もいたような気がするな。
 そうクズは独自解釈した。

「彼女が気になるかね?」

 そんなクズの視線から言いたいことを察したのだろう。

 ライヒハートが微笑みながら尋ねてきた。

「ええ、まあ。顔を徹底して隠させるのは、伯爵閣下の趣味ですかね?」

 人の良い笑みで問うライヒハートに、クズは屈折した返答を返した。

「はっはっは! 趣味という訳ではないよ。彼女は私の奴隷でね。勿論、お気に入りであるからこの場にも連れてきているのだが……ここで顔を出すには少し不都合があってね」

「成る程。人間として扱われないことが多い奴隷が、晩餐会で伯爵の傍で目立つことは恨みを買うことになりますわな」

 彼女のためを思えば、顔を隠して控えさせていることこそが一番の処遇なのか。

 改めて宮中の嫉妬や面倒な上下関係に辟易した、

「――さて、そういう訳で、今ここにいる人間は我々二人だ。君の本当の名前は、エドガー・べーレンドルフ騎士爵より報告を受けているよ。『最優の騎士』、クラウス・ヴィンセント卿」

 ライヒハート伯爵のしゃべり方からは、揶揄のニュアンスは感じ取れなかった。