「――喜べクラウス。アナント支城でライヒハート伯爵自ら恩賞を授与して下さると決まったぞ」

「――面倒、断る、金だけ置いて帰れ、アホか。俺は忙しいだ」

 取っ組み合いを始めたエドとクズの二人を、失落の飛燕団は微笑ましそうに眺めていた。

 野盗団をギルドに引き渡してしばらくが経った。

 二百名の元正規兵を討伐したのだ。鹵獲武装具だけでもかなりの量がある。

 戦闘員ばかりの失落の飛燕団の中で、多少武器防具への目利きができるクズは拒否権無く駆り出されていた。

 何とか楽できねぇかな、早く報奨金を受け取って大きい街に移動してぇなぁ。
 そう思っていたかと思えば、エドがアナント領主ゲルパルド・ライヒハート伯爵直々の言葉を持ってキャンプを訪れた。

「やっと報奨金を持ってきたのかと思えば、とんだ面倒ごとを持ってきやがって。お呼びでねぇんだよ」

「面倒ごとだとっ!? この招待状は伯爵が自ら書いて下さったのだぞ! ご厚意を無碍にする発言は止めろっ!」

「ワンワンとうるせぇな。クレイベルグのワンちゃんが」

「誰が犬だ!」

「良いとこ伝書鳩だろうが」

「ぐ……っ! と、とにかく複数名で城へ来てもらう! でなければ報奨金も渡せんっ!」

 『伝書鳩』という例えに自分でも思うところがあったのか、エドは言葉を詰まらせながらも己の公務を全うしようとする。

「――よし、複数だな? マタ、、ナルシストの二名が行く。はい解決ね。シッシッ!」

「馬鹿者っ! 貴様は団長なのだから確定だ! 少しは私の立場も考えろっ!」

「自分の都合を相手に押しつける騎士様とかどうなの? 権力を笠に着る騎士とか、幻滅だな」

「そ、それは……っ! だが、騎士として公務も……」

 エドが悔しそうに俯き、言い返す言葉も見つからずぷるぷると震えている。

「だいたいさぁ城は安全とか言うけどさ、そこに行くまでの道はどうなの? 王都の住民まで移住させたの?」

「ぬ……それは」

「な、なら義兄様はあの仮面を着ければいい」

「あれ、暑いんだよ」

「むー、義兄様のケチぃ……っ! 強情、屁理屈屋。……虚しい」

 取り付く島もないクズの様子に、エドはいよいよ困った。

「頼むクラウス……っ。私もお前と同行するし、安全面には最大限配慮する!」

「そりゃ安全への配慮は当然だろう。お前、俺を何だと思ってんだ? 傭兵だぞ。傭兵を動かしたければ、動くだけの報酬を用意してなんぼだろ。解る? 人はただじゃ動かなねぇんだよ」

「ぬぅうっ! では、貴様は何が欲しいんだ!?」

「当然――金と良い麦酒、そして良い女だろう。堅物のお前にそれが用意出来るのかねぇ? ん?」

「「「「クズだ」」」」

 傭兵団の団員が口を揃えた。

「クズで結構、こけこっこ~。鳥もがうつむく街~」

 クズが力なく嗤いながら受け流して、鼻歌交じりに恩賜の剣の手入れを始めた。

 いくら面倒くさがりのクズとは言えど、ここまで頑なに抵抗するのは珍しいことであった。

 クズにはどうしても王城に行きたくない理由がある。

 ――ま、どんなに金を積まれてもいきたくねぇけどな。王城に行くと……嫌でもアナを思い出しちまうだろう。アナの最後の願い、俺に自由に生きて欲しいって命令に反しちまう。冗談じゃねぇ。

 王城に行くと、嫌でも思い出すのだ。

 ――アレクサンドラ・ベルティーナ・アナント王女。
 ――騎士として護れなかった、最愛の大切な人。

 銀髪を靡かせながら、涙ながらに『帰ってきて』とクズへ願った彼女。

 彼女が最後を迎えた王城に、どんな顔をして帰れるというのか。

 クズの内心には儚く惨めな思いがあった。

「――で、では王都で私が美味い店に連れて行こうっ! 勿論、勘定は全て私持ちだ!」

「はっ」

 その程度で俺を動かせると思っているのか、馬鹿めとでも言わんばかりに鼻で嗤った。

「そ、それだけではない。帰りには旧王家の墓前に参れるよう取り計らうと約束しよう!」

「…………」

 クズの表情は憮然としていて、変わらない。
 ただ剣の手入れを淡々としている。

「あと……わ、私は行ったことないが……。上級兵の中では最近、その……。娼館通いが流行っているらしくてな?」

「…………」