クラウスは大量の血を流した。
 既に意識は朦朧としている。
 だが、精霊の目が視界を補ってくれる。

「あんたは聞いたな。なぜ剣をとるかって?――決まっている。主の、大切な人が望んだ世界を作るため。俺に自由をと願ったアナの想いを叶えるためだ! 役目も何も関係ねぇ。俺自身が行きたい場所に行って、望む自分である。――それこそが、俺の定めた自由の定義だ!」

 足りない活力は、主への――大切な人への思いが満たしてくれる。

「何をしたいのかだと?――んなもん、今も昔も何一つ変わってねぇ! 俺は大切な人や家族と過ごす日々を護る為に戦ってきた! どんなにクズと言われようと構わねぇ! 今の俺に残された唯一の大切な家族は――失落の飛燕団だ! 偽りでも、縛り付けてもいねぇッ! 奴らが居場所を見つけて旅立ちたいってんなら、笑って見送ってやるッ!」

「クラウス! 貴様には、私の親心がわからんのか! 赤子から見てきたお前達を、妻を奪われた屈辱が理解できないとでもいうのかッ!」

「テメェの無念を晴らす為なら、人様が汗水垂らして得たもん奪って良いってか!? 笑えねぇ冗談言ってんじゃねぇ! 玉座に据えるべき王もいねぇのに、国盗りやら復讐やらくだらねぇんだよッ!」

「黙れッ! 据えるべき王家の血を継ぐ人間なら、ここに二人もいるではないか!」

「はっ! 俺にしろあんたにしろ、玉座にはふさわしくねぇ。俺がアナント王国の玉座に据えたかったのは、たった一人だけだ! 見たかったのは、アナが玉座で笑う姿だけだッ!」

「貴様は帝国への雪辱を果たしたくないのか! 奴らは我々の全てを奪った。国も、大切な家族も! 簒奪者に復讐し、恨みを晴らすのが道理だろう! 復讐だ、復讐するのだ!」

「――復讐なんかで晴れるほど、俺が抱えた闇は安くねぇんだよ。そんなもんで晴れる程度の絶望ならな、俺はここまでクズに堕ちてねぇさ。あんたの下衆な脳みそは、復讐程度でスッキリする程に安っちぃらしいがなッ!」

「クラウス、貴様ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アッ!」

 上段から剛剣を振り下ろすランドルフの剣を受けず――クズは体操でもするかのように軽やかな動きで避け、そのまま遙か後方まで跳んで体勢を整えた。

「――あんたは、一度処刑された人間だ。――亡霊と、亡霊がした不始末。俺がケリをつけてやる」

 歯ぎしりしながら叫ぼうとするランドルフの口の動きを、幻想的な光景が止めた。

「来てくれっ!――二人ともっ!」

 ――無理はしないことじゃぞ? この技は、強い負担がかかるのじゃから。
 ――ああ、生命力を損耗しすぎてお前が死んでは元も子もない。

 クズが叫ぶと、二柱の精霊が神々しい燐光を散らしながら――クズの体内に吸い込まれていった。

「な、何を……っ!?」

「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 身体中から溢れ出る魔力をクズが剣に漲らせると、恩賜の剣には――炎が纏っていた。

 ――それも、ただの炎ではない。

「――緋炎……」

 黄色がかった炎。
 まるで夕焼けのような茜色に染まる炎は、夕暮れの寂しさと激しい烈火のような怒り。

 双方の感情を体現したように、煌々と闇夜の中で揺らめいていた。