「……今まで、手を抜いていたとでも言うのかっ!?」

 その言葉に、ランドルフの殺意は更に膨れ上がり――怒りを込めた踏み込みで必中の秘技を放つ。

「ならば、私を斬って証明して見せろッ! はぁああああああああッ!!」

「――おせぇ。……じゃあな。――地獄で先に待ってろよ」

 ランドルは精霊の目がそこから向いているか確かに知覚していた。
 それでも、斬れる。
 知覚に意識を向けるあまり、突きの速度への集中が分散されてしまっていた。

 その微量な違いは、クラウスのような猛者を相手に致命的な物であった。

 クラウスは確実に斬れると確信した。
 体捌きで突き技を躱し、突っ込んでくるランドルフの首筋に刃を沿わせれば終わりだ。

 ――だが、計算違いの異変が起きた。

「――なっ……!?」

 突っ込んでくるランドルフの首筋に刃を当てた瞬間――錬金製のバスタード・ソードが粉砕した。

「…………っ!」

 ――クラウス!? 右に避けよッ!

「はぁああああああああああああああッ!」

 予想外の出来事に、体捌きも鈍り――ランドルフの剣尖はクズの左頬を深々と抉った。

 ウンディーネの声で、何とか目から脳を突き抜け即死することは免れた。

 それでも頬骨を抉られ、血が流れ落ちる。神経を傷つけたのか激しい痛みに顔を顰める。

「左頬が……っ、痛ってぇな……クソがッ! てめぇ……。今何をした?」

「私は何もしていない! クラウス、お前こそ、なぜ手心を加えた! 父を斬るのを躊躇ったか!?」

「ふざけんな! 俺は躊躇ってなんか――」

 ――いや、クラウス。俺は見ていた。今、やつを斬れると確信した時、お前の魔力が剣に流れた。

「どういう事だよ、サラマンダー!?」

 ――簡単な事じゃ。クラウス、そなたは心根で嫌ったのだ。――実の父の首を跳ねるのを。

「なん、だと……? 俺が、無意識で自分の刀を破壊したってのか?」

 ――間違いなかろう。

「んな馬鹿な……っ。俺は、こんな下衆を斬るなんて何にも思ってなんか……っ!」

 ――強がるな。お前は、思い出したんだろう。父親との、家族の思い出を。

「家族の思い出、だと……!? ふざけんな! コイツが、全てコイツが壊した物を何故今更……ッ」

 口では否定しながらも、クズは取り乱していた。

 指摘されれば余計に意識してしまう。
 その通り、斬れると確信して『じゃあな』と言った瞬間、優しく微笑みかけてくれた父親の姿が浮かんだ。
 厳しくも愛情溢れる稽古をしてくれた父の姿も。

「俺は、そこまで……っ。そこまで半端なクズだってのかよ……。裏切り者を斬る覚悟がねぇだと!? クソッ! 情けねぇ……ッ!」

 血に片膝を付き、ジンジンと脈打つ痛みを堪えつつ大地を殴り悔しさをぶつける。
 殴った拳からも血が溢れてきた。

「……精霊の声は私には聞こえない。――だが、クラウス。私はお前に提案がある。――私と一緒に、帝国へ復讐しないか? 奪われた玉座を奪い返し、アナント王国を再興するのだ!」

 ランドルフは昂揚した顔でクラウスに語りかける。自らの強い願いに手を貸してくれと。

「アナント王国の再興だと? 今更何言ってやがる!――冗談にしても、笑えねぇぞ!」

 クズは即席で岩に錬金術を施し、一振りの剣を創り出し――ランドルフへ斬りかかる。

「――言って解らぬ子には、叩いて聞かせるしかないか!」

 ランドルフも負けじと応戦する。
 先程までとは違い、クズは防戦一方だ。

「どうした、傷が痛むか!? それとも、迷っているのか!?」

「うるせぇ! 黙ってろ下衆が!」

「いいや、私は黙らん! そもそも、お前はなぜ剣をとる!? 私は国を再興するため、王の血を引く物として苦渋を耐え忍んできた! お前は何をしたいんだ!?」

「俺は……っ!」

 クズの動きが目に見えて悪くなる。

 剣が壊れては錬成してを繰り返すが、手傷はみるみる増えていった。

 ――自由を得るために、俺は戦っているのか? だが結局俺は、過去に囚われてここにいる……。自由って、一体なんなんだ……。

 斬り合いの中、腰に巻いていたトレンドマークとも言えるストールが斬られ、宙を舞う。

「紅のストールに金糸の飛燕……。そうか。報告にあった傭兵団――『失楽の飛燕団』とやらの団長、ギルバートとはクラウスの事だったのかッ!」

「……だったら、なんだってんだ」

「……クラウス程の実績がありながら、なぜ傭兵団など創設した。裏切り者の私などと違い、お前なら王家と血縁のあるヘイムス王国へ亡命できたはずだ。マルターを連れてヘイムス王国へ行けば、今より遙かに安全な暮らしも出来たはず。なぜそれをしなかった?」