「――そんなこんなで脱出した義兄様は、兵の配備されていない海からセイムス王国に渡り、傭兵団を作った。何不自由ない国の大貴族から、今日食べる物にも困る流浪の傭兵。正に天から地に落ちた」

 パチパチと焚き火が鳴る。
 地に落ちていた種が爆ぜたのか、パチンと火花が散った。

「それでも食い扶持は必要。騎士じゃなくなったからには何かに縛られず、面白おかしく自由に生きたかったみたい。あと、アナ王女の言いつけで、ひたすら自由を得ようとしている。だから、テント一つないところから、傭兵暮らしを始めた」

 ボロボロに使い込まれたテント内に座る団員が、目線を泳がせながら座り直す。

「アナ王女は義兄様に自分に囚われない事を願った。だから、義兄様もそれに応えようと女で忘れようとしている。それが、かえって今は亡き王女様に囚われ苦しむ事になっているのに。それでも、亡き主の命令を果たそうとしている。少なくとも、私はそう解釈している」

 そう言って、マタは長く喋り続けていた口を閉じた。
 これ以上は語るまでもないとばかりに。

 クズの過去を聞いた失落の飛燕団とエドは静まりかえっていた。

 傭兵団にいる者の多くは、それなりに悲惨な過去を持つ者が多い。

 だが、クズの話は予想以上に重いものであった。

 エドとしても、初めて聞く話もあったのだろう。沈痛な面持ちを浮かべている。

「おいおい、マジかよ……。それ、本当に団長の話なんっすか?」

「……クズ言動をする団長と、話の中の立派な人物、私の中で一致しないんですが……」

「義兄様は、自由を追い求めるうちに狂った。正しい自由を知らないのに追い求めるから、結局歪んだ人物になる」

「成る程ね。心も美しい僕には理解できないけど、クズにはクズになる原因があったんだね。それを聞くと、これまでの彼の言動に凄く納得がいくよ。まぁ、芯は変わっていないように僕は思うけどね」

「……クラウスは紛れもなく戦闘の天才だった。あいつほどの才覚が私にもあれば、王国に違う結果を引き寄せてみせたというに……っ!」

「――確かに、義兄様には戦闘の才能があった。でも、『才能なんてスタート位置と成長速度の違い。最終的に目的を達成できるかどうか、大事なのはそこだ』って義兄様は傭兵を始めた時、よく言っていた。そういう意味では国民と城を護り続けているエド兄の方が、よっぽど成功者……」

 クールな表情を幾分か沈痛に崩し、マタはエドへ視線を向ける。

「……まさか、クラウスの奴にそんな事情があったとは。俺は何も知らずに奴を裏切り者と恨んでいた。――真のクズは、俺の方だな」

「そんな自嘲しないでくれよ、ベン君。美しいイケメンが曇るよ」

「エドガー・ベーレンドルフだ。君たちが呼び合う仲間の如き変な呼称は避けてくれ」

「そうかい? エド君はつれないねぇ。堅物過ぎても、美しくないよ?」

「ん。私達みたいに割り切ることも大事」

「そう、かもしれないな。……マタ君も、そんな辛い思いをしていたなんて知らなかった」

「父さんと母さんは残念だったけど、仕方ない。姉さんは、まだわからない。でも、人はいつか必ず死ぬ。ただ……母さんの死に際を笑顔にできなかった事は最大の親不孝」

「マタ君は、強くなったな。……クラウスの奴は、何故クズなどと名乗っているんだ? 俺が聞いた限りでは、クズなどと自嘲するほどの事をしているようには思えんのだが」

「それは、僕達を勧誘したりする時の手口じゃないかな?」

「それは……ナルシスト君がこの傭兵団に入団するに至った経緯か?」

「そうだよ。――僕はね、こう見えて貴族なんだ。実家から勘当されてはいるけどね」

「……今日出会ったばかりの俺だぞ。責務を投げ出してきたような過去を明かしてもいいのか? 俺が君の生まれた国へ告げ口をすれば、それなりの処罰が下るだろう」

「クズ君は君に過去を明かしていいと信用したんだ。僕が明かさないのは、紳士として恥ずかしい」

「そう、か……。ならば、教えてくれないか。それによっては、君への支援も出来るかもしれん。これでも、爵位持ちの騎士だからな」

「それは有り難いね。なら手始めに、お酒でも貰おうか」

 空いたグラスを持ち上げ、ナルシストは酌を求めた。

 端から何も期待していないという心情を隠すつもりも無い。
 そんなナルシストの態度に、エドは悲しげに薄く笑いながら黙って酌をした。