クラウス・ヴィンセントは、小国アナント王国公爵家の長男としてこの世に生を受けた。

 父親の名前はランドルフ・ヴィンセント公爵。時の王、ルーカス・ゲアート・アナント。通称ルーカス王の弟であった。

 クラウスの実母であるディアマンテ・エレノア・ヴィンセントは大国・ヘイムス王国の元第八王女であったが、クラウスを産んで間もなく他界した。

 最愛の妻を亡くして失意のランドルフ公爵は、同じように夫を亡くしていた使用人――アデリナと恋に落ち、妻とした。

 アデリナには二人の連れ子がいた。

 その連れ子の名前こそが、エロディアとマルターである。

 二人は双子で、姉であるエロディアも妹であるマルターもともに義理の義兄が大好きだった。

 ヘイムス王家とアナント王家双方の血を引くクラウスには、幼い頃から強い期待が寄せられていた。
 アナント王国執政部からすれば、クラウスの存在は両国の絆を結ぶ鍵でもある。

 ――だから従兄妹にあたるアナント王国王女――アレクサンドラ・ベルティーナ・アナント王女と親しくしていても、強く咎める者は誰もいなかった。

 クラウスは幼少の頃より、アナント式宮廷剣術を父から学んでいた。

 父の剣術指南は理解しやすいと評判であり、騎士を志す貴族の子息や血縁者達が数多く教えを請うていた。

 この時、クラウスと鎬を削っていた者の一人こそがエドガー・べーレンドルフ。

 クラウスにとっては年齢が上ということもあり、兄貴分のような存在であった。

 クラウスは父やエドと武芸を学び、城で従兄妹であるアレクサンドラ・ベルティーナ王女――通称アナ王女と親交を交わしてから、公爵邸に戻って家族と団欒するのが日課となっていた。

 そんなクラウスは両国王家の血筋が流れているからか――武芸の才気に満ち溢れていた。

 クラウスは僅か九歳になった時点でアナント式宮廷剣術を修めてしまった。

 ――通常であれば、どれほど早くとも十歳になるまでは天職を占わない。

 だが基礎訓練である剣術を修めてしまった以上、天職が分からないと成長を促すべき職業の修練は難しい。

 そのため、クラウスは九歳の若さで宮廷占い師によって天職を占われた。

 その時判明した事実は、宮廷を揺るがすものであった。

「――なんと、天職が二つですと!?」

「し、しかも一つは精霊術っ! 類い希な才を持つか、余程精霊と波長が合わねば得られぬ天職!」

「天職を存分に発揮して下されば、正に一騎当千となるだろう! 是非、魔力量も多くあって欲しいものだ!」

 ――クラウスの天職は、二つあったのだ。通常であればあっても一つであるはずの天職が二つ。

 僅か九歳で宮廷剣術を修めただけでなく、錬金術と精霊術という世にも珍しい多職種適合者であった。

 特に精霊術の天職は非常に稀少だ。

 通常、魔術というのは精霊などの高次元生命体に対して術式を介して魔力を捧げた対価として発動する超常の現象だ。

 それが、直接精霊に魔力を注ぎ込み精霊の分体に力を貸して貰えるのだ。

 威力も比較にならず、魔術師の上位互換と言える。

 その分、捧げる魔力量も段違いであると言われる。
 保有魔力量は先天的な才が大半を占め、後天的に上昇させる事ができるのは微量というのが通説だ。

 折角、稀少な精霊術士の天職を授かっても魔力量が不足し魔術の方がコストパフォーマンスが良いという残念な結果になる事すらある。

 周囲から期待を抱かれ続けたクラウスの背に『魔力量も桁違いであってくれ』と、更に重い期待がのしかかった。

 小国であるアナントの人々からすると御国存続への希望であり――依存とさえ言えた。

 唯でさえ噂好きな宮廷において、クラウスは『アナントの麒麟児』として更に名を馳せた。

 その噂は、アナント王国のみならず、周辺諸国へも知れ渡る事となった。

「――クラウス。しばらくの間、お前には母さんの実家へいって貰うことになった」

 苦々しい表情でランドルフ・ヴィンセント公爵は九歳の息子に言った。

 父の隣では、義母がエロとマタを抱き寄せ涙を流しながら、口を手で覆い嗚咽を堪えている。

 ヘイムス王国は自国王家の血も引く『アナントの麒麟児』に強い興味を持った。

 そして両国の同盟と友好の証という名目でクラウスを留学――実質的には人質として求めたのだ。

 当初は反対していた父も、これが両国の力関係上断ることはできない要請であるとの王命で、抵抗を諦めた。

「……政治に巻き込んですまない。だが、悪い話ばかりではない。あちらには精霊術を使う宮廷魔術師もいて、魔力量上昇の修行も――」

 幼い頃から聡いクラウスは、これが政治的な意図がある留学であると理解していた。