「――うぉおおおっ! 揺れるな、さすがサラマンダー! ナイス爆発ッ!」
「……クラウス、神聖なる精霊にあの扱い……。本当に、仲を深めて親和性を高めているのか?」

 錬金術でさっさと鉱山から脱出したクラウスたちは、息を切らせながら爆砕していく鉱山をチラ見していた。
 目指すは広場にいる別働隊との合流である。

「クズ君。僕はね、サラマンダー君に対して紳士であるべきだと思うよ?……彼、泣いてた気がする。男の涙であろうと、ハンカチで拭いてあげたくなるよ」
「あ? 気のせいだろう。炎の大精霊だぞ。泣いてもすぐ蒸発するって」

 ――そんな分けがあるか!

「うわわっ!? サラマンダーさんのお化け!?」

 ――違うわ、小娘が!

「俺がそんな薄情な人間だと思うか? 片目を精霊とリンクさせておいたからな。爆発する瞬間、顕界を解除したんだ。――よって、完全なるノーダメージ!」

 走りながらウインクをして、サムズアップするクズ。
 そんなクズの首を、再度顕界されたサラマンダーが――。

 ――貴様の息の根、止めてくれるわッ! 間一髪だったぞッ!

「ぐぇ……。走って血圧上がってるの……。首を絞めないで」
「自業自得だ。愚かものめ……」

 アウグストは心底呆れ、サラマンダーに同情の眼差しを向けている。

「――残念、顕界は解くぜ。……本当、ありがとよ。助かった」

 礼を言った後、クラウスはサラマンダーの顕界を解き、別働隊に向け全速力で駆け寄っていく。
 そうして五百の兵と傭兵団たちが目に入って――。

「――お前ら、無事だったか! やったな、あのクソトカゲ、爆撃と落盤ダブルでくらったぜ!」

 先頭に立つアナやクララにマタ、そして兵士たちに声をかける。

「……クラウス、あのね」
「おう、どうしたアナ!?」
「クラウス様、ドラゴンを退治して興奮なさっている中、本当に申し訳ないのですが……」
「なんだ、クララまで目を逸らして。言いたいことがあるなら言ってみろって!」
「――本当に、言いたいこと言っていい?」
「……え?」

 興奮しきっていたクラウスが、ぶち切れているマタの声音で冷静になり周囲を見廻すと――。

「「「……」」」

 殺意の籠もった視線が集中している。
 ヘイムス王国兵、傭兵団――総勢五百を超える殺気だ。

「……いや、ウンディーネで護ったじゃん?」
「だからって人を囮にしていいと思ってるっすか!?」
「借金の利息、絶対に増やしてやるからね!」
「このクズ、我らが王国兵は囮になるために訓練したわけではない!」
「そうだ! 目の前で大精霊とドラゴンの激闘が繰り広げられていたのだぞ!? 怖かった……」

 クズへの罵詈雑言が、五百人以上から向けられる。

「な……何だよ! こっちだって必死だったんだよ! 結果、みんな無事に帰れるんだから良いだろ!? 過程なんて小せぇこと気にして、ギャアギャア喚くんじゃねぇよッ!」

 ――クズが逆ギレした。

 自分だって必死だったんだと開き直りである。

「ふざけんなクズ野郎ッ! テメェ、本当に働いてたんだろうな!?」
「どうせサボってたんだろ!」
「噂通り、ギルバートは最低のクズだ!」
「はい、人をクズって侮辱するやつもクズですぅうううッ! 俺、ちゃんと働いてたし? なんならテメェらの尊敬するアウグスト様に確認してみろよボケぇッ!」

 子供のように兵士を指さして言い返したクズが、その指をアウグストへと向ける。
 まるで「ワシに話をふるのか!?」と言いたげなアウグストが、不健康な土気色の肌に玉のような汗を浮かべる。

「……おじいさま、皆に説明してさしあげては?」
「ん……お願い」
「あ、ああ……」

 面食らっていたアウグストだが、乱れていた呼吸を整え――顔をキッと引き締めた。

「囮にされた兵士諸君の怒りはもっともだ! だが、諸君らの献身により、ドラゴンへ爆撃をくらわせることに成功したッ!――爆撃計画成功のため、こやつが全身全霊で取り組んだ事は事実であるッ!」

 内臓の痛みに顔を歪めながらも、戦場全体に響き渡る声で続ける――。

「許してくれとは言わぬッ! だが強大な敵に勝利する為、必要だったと理解してほしいッ!」

 ヘイムス王国民――特に兵士から絶大な信頼を集める元大将軍、アウグストの言葉である。
 文句を言っていた兵士たちも「アウグスト様が言うのなら……」、「きっとアウグスト様がサボらないように見張っていたんだ」、「ドラゴンを退治したんだし、アウグスト様の御力になれたなら……」と渋々ながら納得の声で囁きだす。

「……義兄様。ちゃんと働いてたみたいだから、許してあげる」
「……ちっ」

 傭兵団の面々は周囲の空気もあり、『今回は大目にみてやるか』という空気である。

「俺……今回は本当に頑張ったのに。ひでぇよ」
「クズ君……。君の行いも、十分酷いよ」
「クズ団長殿! 勝利を得るための犠牲には、自分の精神も含めたんだねっ! えらいっ!」
「そんなんじゃねぇし……」

 いじけていると、微笑んだクララが慣れぬ手つきで剣を抜き――。

「――では、勝ち鬨をあげて撤退しましょう。皆様、勝ち鬨をあげてください!」

 総指揮官として――戦に勝利したと勝ち鬨をあげるよう指示した。
 最初は乗り気じゃなかった兵士たちも徐々に「俺たちでドラゴンを倒したんだ」という実感が湧いてきたのか、山々を震わすほどの声が響き――。

「――おおええええッ!?」

 崩れていた鉱山から破砕音がすると――ドラゴンが満月を背景に、怒りの咆哮をあげていた。