「ギルドマスター、聞いてもいいですか?」

「ん~? そんな改まって、なんだい?」

「なぜクズさんは、ギルドマスターを突き放すように接するのでしょう? 私達が話かけると、いつも人当たりの良い笑みを向けてくれます。特に見た目が良い娘には満面の笑みです。マスターも美少――美人ですのに、一体なぜでしょうか」

「君いま美少女って言葉を使うの止めたよね。私も怒るよ?――まあ、それはね……。私がクズくんを頼りにしている、いや――『手に負えないことがあれば彼に』と依存しているからだろうね……」

「依存、ですか? 確かに面倒事を押しつけられたら嫌でしょうけど、頼られる事は嬉しいのでは?」

「普通の心理ではそう思うだろうね。……人を作るのは環境さ。君と私の考え方も、育ってきた環境によって形成された。クズ君も、あんな考え方になる環境にあったって事だよ――」

「あんなクズのような考えになる、環境ですか?」

「そうさ。環境はとっても大事なんだよ」

 小さい手でぎゅっと紅茶を持って立ち上がると、屋上の柵に寄りかかり遠くを見つめる。

「――それにクズ君はいざという時は結局、仲間の為に身体を張ってしまうんだよ。ああやってクズに生きていても、深い所ではちゃあんと計算している。きっと、最悪の事態が起きても仲間だけは逃がせるって確信していたんだ」

「サイクロプスとキマイラですよ? 二体を相手するなら、兵千名では足りないかもしれないぐらいの脅威です。そんな化け物を相手にですか?」

「そうさ、クズ君はとても弱くてクズだけど――戦闘能力はあるからね」

「はあ……。私には目の前にぶら下げられた娼館という餌に釣られただけに見えましたよ」

「勿論、それもあるんだろうね。娼館は性欲だけでなく彼がしがらみから解放されるのに必要かもしれないからね。まあ、殆どは思春期の性欲なんだろうけど」

「ですよね、クズさんですもん。……でも、それだけ戦闘能力があるなら、一体なぜ安全で低難易度のクエストばかり受諾しているんですかね?」

「きっと、クズ君は怖いんだろうね。誰かを失う事と、団員達に『団長がいるから絶対大丈夫だ』って依存されるのがさ。彼は、心が繊細な人間だからね」

 幾分か細められたその目は、城門を駆け抜けていく男の背中を見ていた。

「本当、皮肉だよね……。悪霊ならともかく、愛おしい亡霊ってのは本当に厄介だよ……」

「……よくわかりませんが、それなら私達の就労環境も大切ですよね。お給料とお休みを――」

「さて、残業させる訳にはいかないね! さあ、君も早く帰りなさい! 夜道は危ないからね!」


 シリは素早く振り向くと、有無を言わさぬ笑顔を浮かべていた――。



「――ふぅ、今日も良い天気。朝の空気が美味しい」

 クズが出て行ってから丸三日が経過した朝であった。

 まだ朝日が昇りきっておらず、朝霧も出ている。

 マタがキャンプから出てぐっと伸びをしていると、草原に何者かが近寄ってくる足音が聞こえた。

「――誰っ?」

 マタの警戒した声音を聴き、キャンプから次々と人が武器を手に飛び出してきた。

 足音は徐々に近く大きくなってくるが、霧が邪魔をしてよく見えない。

 相手からの返答もないままだ。

 マタは魔術杖に魔力を込める。ナルシストはロングボウに矢をつがえる。

 失楽の飛燕団は各々臨戦態勢で足音に集中していた。

 徐々に徐々に。
 足音の正体である何者かの陰が、その輪郭が視認できるようになってきて――。